(13) 進展充実

「世界救世教」発足

 「日本観音教団」が、社会の注視の的となるほどの急激な発展を遂げえた理由としては、一つには、当時の社会情勢と深いかかわりがあった。昭和二〇年代、日本の国民は敗戦の荒廃と窮乏、混乱と不安の渦巻く中から、気力を振るい起こして …

熱海大火

 教団が新しい体制のもとに、それこそ日の出の勢いで救世の神業を開始してから二か月たってのこと、熱海は二度の大火に見舞われた。一度は四月三日の午後、熱海駅近くの仲見世・商店街が火事になり、九四軒を焼失し、さらにその一〇日後 …

発端

 大火に遭遇した熱海の焼け跡もなまなましく、復興もまだ軌道に乗らない昭和二五年(一九五○年)の五月七日、夜八時ごろのこと、熱海警察署に勤務する信者・市野久が本署に呼ばれた。  「明朝六時に国警の人が来るから、その人たちを …

家宅捜索

 このように大がかりな捜索を、教団が受けなければならない原因はなんであったのだろうか。  前章にも記した通り昭和二一年(一九四六年)から二二年(一九四七年)にかけて、布教活動はいよいよ活発化していった。しかし奇蹟が相次ぎ …

留置

 大々的な家宅捜索が行なわれてから三週間たった五月二九日の未明、教団関係の施設はふたたび捜索を受けた。その中の一隊は碧雲荘に向かい、就寝中であった教祖に同行を求めた。みながよもやと思いながら、心ひそかに恐れていた事態が、 …

頭脳の拷問

 教祖が、国家地方警察・静岡県庵原地区警察署に留置されている間、身のまわりの世話をしたのは、近くの旅館の女将・牧田志んであった。彼女は以前から旅館業のかたわらに、署内に留置されている人々のために食べ物を納める、いわゆる差 …

神人合一の自覚

 取り調べは一段落した。教祖は翌六月一五日静岡の刑務所へ移された。戦前の弾圧時代から何度か警察の門を潜った教祖ではあったが、刑務所は初めての経験である。胸中暗然たる思いに塞がれた。しかし新しい独房は留置場に比べて清潔で、 …

判決、組織改正

 教祖をはじめ、渋井、井上、金子らに対する起訴が確定したのは、七月一二日のことである。教祖に対する起訴内容は、「経済関係罰則の整備に関する法律違反」と「贈賄」であった。 検察側は五月八日の大捜索以来、いくつかの法律違反事 …