天国の福音書

序文 救世教とは何ぞや

 この文を書くに当って、前以て断っておきたい事は、我が救世教は純然たる宗教ではないのである。と言っても、一部には宗教も含まれてはいるが、全部でない事はもちろんである。では、何故救世教の名を付けたかというと、何しろ有史以来 …

天国の福音書

世界も、国家も、個人も、凡ゆる問題を解決する鍵は「誠」の一字である。 政治の貧困は誠が貧困だからである。 物資の不足は誠が不足しているからである。 道義の類廃も誠のない為である。 秩序の紊乱も、誠のない所に発生する。 凡 …

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五智を説く

 単に智慧と言っても種々ある。今それを分類してみよう。まず最高は神智、次が妙智、叡智、才智、奸智の順序で、大別して五段階になる。私は名づけて五智と言う。これを一つずつ説いてみよう。  神智とは最高の智慧で、これは普通人に …

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正しき信仰

 支那の碩学朱子の言に「疑は信の初めなり」という事があるが、これは全く至言である。私は「信仰は出来るだけ疑え」と常に言うのである。世間種々の信仰があるが、大抵はインチキ性の多分にあるものか、そうでないまでも、下の位の神仏 …

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常識

そもそも、真の信仰とは言語行動が常識に外れない事を主眼としなければならない。世間よくある神憑式や、奇怪な言説、奇矯なる行動等を標榜する信仰は、まず警戒を要すべきである。ところが多くの人はそういう信仰を反って有難く思う傾向 …

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宗教と政治

 政治と宗教とは大いに関係があるに拘らず、今日まで余り関心を払われなかったのは不思議である。むしろ宗教が政治に関与するを好まないばかりか、反って政治から圧迫されて来たというのが終戦以前までの実情であった。これは古往今来各 …

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宗教と芸術

 今日まで、宗教と芸術とはあまり縁がないように多くの人に思われて来たが、私はこれは大いに間違っていると思う。人間の情操を高め、生活を豊かにし、人生を楽しく意義あらしむるものは、実に芸術の使命であろう。春の花、秋の紅葉、海 …

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悪の追放

 悪とは何ぞや。言うまでもなく自己の利益の為に他人を脅かし、苦しめ、社会を毒する行いを言うのである。この悪の為に、個人は固より社会全般に損害を与える事は、蓋し大なるものがあろう。人事百般大なり小なり悪による被害者たらざる …

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善を楽しむ

 私は、つくづく世の中を見ると、多くの人間の楽しみとしているところのものは、善か悪かに分けてみると、情ないかな、どうも悪の楽しみの方がずっと多いようである。否楽しみは悪でなくてはならないように思っている人も少くないらしい …

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正義感

 今更こんな事を言うのは、余りに当り前すぎるが、実をいうとこの当り前が案外閑却されている今日であるから、書かざるを得ないのである。それはまず現在世の中のあらゆる面を観察してみると、誰も彼も正義感などはほとんどないと言って …

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