布教の“力”

 布教の最前線に立っていた直弟子たちに範を垂れるべく、總斎自身も積極的に毎月地方に出向き、また、地方の幹部の要請に応えて講習会に飛び回っている。そして、總斎が出向いた地方では、信徒がまさに爆発的に増加した。各地で總斎による入信講習が行なわれ、總斎の浄霊で難病が治り、素晴らしい奇蹟が数限りなく起こった。この結果、凄まじい勢いで教線は伸び、北海道、東北、関東、東海、中部、北陸、関西、四国、中国、九州と全国各地に人類救済の拠点が拡げられた。しかし、總斎の苦労はたいへんなものであった。要請があればどんな遠方でも、交通の不便な所でも講習に出かけていったのである。

 また、地方で講習会があるという連絡が入ると、自ら進んで出向くこともあった。病める人には、心を込めて浄霊をし、悩める人には優しく、時には厳しく導いた。總斎に接する人すべてが温かいものに包まれた。その結果、總斎はまるで慈父のごとく慕われ、また總斎を通じて多くの者たちが明主様への信仰を深めていった。總斎を慕う者はその想いを御神業、布教に励むことによって満たし、總斎の手足のごとく働くようになった。

 なぜ總斎にこのようなことができたのであろうか。これは、總斎の明主様を絶対無二の存在と確信する“熱い想い”が多くの人びとに理解され、伝わっていったからである。そして、總斎は、明主様のみ教えを多くの人びとに伝える素晴らしい“力”を持っていたということでもある。当時の信徒の多くは、總斎の浄霊の素晴らしい“力”に魅せられたと同時に、總斎の明主様を想う無私の心に感動、共感をおぼえたからこそ入信したに違いない。

 実は總斎の話はそう上手くなかった。しかし總斎が発する言葉には人を魅了し、心を動かす不思議な力が具わっていたようだ。總斎の講話を聴いた者はその話に吸い込まれ、引き込まれていくようだったという。そして引き込まれていったあと、おのずから感謝の心が育ったのである。

 ある専従者は言う──。おそらく、總斎は信徒を指導するということは考えていなかったのではないか。ただ自分が明主様に魅かれたその想いを、見知らぬ人に伝えたかった。明主様と共に人びとを救わせていただけることが自分にとっていかに幸せか、楽しいかを接する人びとに伝えたかったにすぎない。總斎は明主様と共に生きることで、自身をとりまくあらゆる環境と調和している。その調和のリズムは御神業の発展となり、喜びであり、幸せを感じたのであろう。總斎は、自分が今いかに幸せであるかを包み隠さず人前にさらしたのである。その実直さは聴く人の感動を呼び起こし、話を聞いて自分もそうなりたいという想いが人びとの間に広がったのであろう。

 いや、そればかりか、その奇蹟の場に巡り合わせた多くの信徒とも總斎は溶け合っていたのかもしれない。

 だから總斎は饒舌に語ることもなく、正しい信仰を人びとに伝えることができた。