(14) 聖地造営

東山荘

 熱海に東山荘を入手して以来、瑞雲郷に会館が完成するまで、教祖は市内清水町、つぎに咲町見の建物を入手し仮本部とした。また東山荘に代わる最終的な私邸として、市内水口町の碧雲荘を入手している。熱海市内に散在するこれらの施設は …

清水町仮本部

 終戦後三年を経たころ、教線は爆発的に発展を続けていた。新たに入信した人ばかりでなく神縁を得てから久しい時を経た人の中にも、「ぜひとも大先生にお目にかかりたい。」という希望者がふえる一方で、東山荘別館での面会では、もはや …

咲見町仮本部

 かねてから五六七教会では、教会本部の建設を企画していたが、熱海に参拝する信者の宿泊研修の施設も兼ねたものとして、駅にほど近い咲見町に総二階の木造建築を造ることとなった。ところが、基礎工事を終えたころ、熱海大火が発生し、 …

碧雲荘

 清水町仮本部で面会が行なわれるようになったのは、昭和二三年(一九四八年)の一〇月からであるが、これから後、しばらくの間、教祖は仮本部で寝起きをしていた。そのうち、国鉄伊東線来宮駅の近くに格好の売り物が出た。もと久邇宮家 …

建設奉仕隊

 箱根、熱海の両聖地は、共に職人と信者の奉仕隊員によってその造営が遂行された。奉仕隊は全国から馳せ参じた青壮年の男女からなっていた。これらの人々は、それぞれ所属の教会を発つにあたって、教会の代表として出かけるのであるから …

庭造りと職人

 昭和一九年(一九四四年)から、教祖は毎年夏の四、五か月は箱根に、そのほかは熱海に住む習わしであった。熱海滞在の時は、ほとんど毎日のように午後の一、二時間、瑞雲郷へ行って工事の指図をした。箱根に滞在の時は、日に何度となく …