景仰

常に人より一歩を先んぜよ

 ご商売時代の明主様は、人のまねをすることが大嫌いで、商品なども新しいもの、新しいものを発案されて、流行は岡田商店からということで評判でした。  みんながまねし出した時には、もうつぎの新しいものを出して、一歩先へ先へと行 …

成功者の苦心を見習え

 明主様は、私が岡田家へ伺うようになったちょっと前(明治三十三、四年)は、結核でひどかったそうです。それが菜食にされてからメキメキよくなって、それからは健康でした。そのころから明主様は、なんとか立派な人間になりたいと願わ …

常に世の趨勢を注意観察

 明主様は、まだ微々たる小商人のころでも、毎日、新聞雑誌には必ず目を通され、世の趨勢(すうせい)を注意深く観察せられ、よく世界情勢を論ぜられては「おまえはまだクチバシの黄色いくせに、大きなことばかりいう。 そんな余計なこ …

たゆまぬ努力が成功のもと

 ある時、私は、自分の智慧のなさを嘆いていた時、 明主様は、『才能のある者は、とかく才能に溺れ、努力をしないで失敗する者が多いし、すぐれた才能がなくても努力する者は、大成功とはいかなくても、ある程度の成功はする。人間は少 …

第二、第三の自分を作ってゆけ

 長いあいだ信仰して、御教えは百も承知のつもりの私も、肝心の実行力においてはほとんどゼロで、ただ御教えの知識者にすぎないことを発見する時、つくづく情けなくなり、全くイヤになってしまうのです。  そういう際、明主様からよく …

疑うことによって覚れる

 ある日ご揮毫のときに、「物事はどこまでやったら、最善を尽くしたことになりましょうか。何かその基準のようなものがございますか」とお伺いいたしたことがあります。  そうしたら明主様は、『人間的に見て最善を尽くしたつもりでも …

ほんものではないが、贋物でもない

 それは京都の某所で、伝宗達筆と称せられる絵をごらんになった時のことです。  明主様は、その絵をつくづくと眺められながら、『なるほど、これは、ほんものとは言えないかも知れないが、さりとて、にせものでもないな』と仰せられま …

景仰

私のすることは、すべて教えであるからよく身につけておきなさい。 説教をして判らそうとするのは、その人に信仰がないからだ。 他人のことなど決して言えるものではない。自分を考えてみれば、やっぱり同じことをしている。 話はうま …