腎臓の重要性はさきに説いた通りであるが、ここに頭脳の重要性も説く必要がある。それは近来新しく流行し始めた病気に疥癬<かいせん>及び重に掌の表裏、脚部上方より下方、足の甲、指等に、小は丸薬位より、大は大豆位のやや隆起せる白膿色粒が点々又は無数に出来、その一つ一つが痛むという症状がある。その痛みにも軽重の差あり、悪性は激痛堪え難く、患者は懊悩呻吟<おうのうしんぎん>するのである。そうして疥癬は赤色の小粒が全身的に無数に現われ、掻痒苦<そうようく>はなはだしく、為に睡眠不能に陥るものさえある。しかも疥癬と前述の白膿色粒併発の患者も相当多く、漸次蔓延の兆がある。
本療法によれば相当の日数はかかるが完全に治癒する。しかも本治療は病原である保有毒素を外部に排出させる事によって全治するのであるが、不幸にして本医術を知らざるものは注射療法、温泉又は薬湯療法等を行うが、これ等はもちろん浄化停止であるから、一時は皮膚面も治癒せるごとくになるも、間もなく再発するか又は猛烈なる浮腫を起し、結局生命の危険にまで及ぶものも少なくないのである。
以上二種の病気に対しその原因を説くが、これはすこぶる意外とする所に病原がある。それは二者共その病原が頭脳にある事である、まず患者の頭脳特に前頭部を診査するに必ず相当の発熱をみる。すなわち頭脳にある固結毒素の浄化で、それが溶解流下し、掌の表裏又は手指の皮膚を破って排出せんとする。しかも右の毒素はすこぶる多量なる為、治癒に時日を要するのである。しからば何故一般人がかくも頭脳中に保有毒素があるかというに、それは左のごとき原因によるのである。
毒素は神経を使う局部に集溜するものである事は既記の通りである。ゆえに小児時より学校教育を受ける関係上、毒素は頭脳特に前頭部に集溜する。元来人間の頭脳は理智的活動機能は前額部に、感情的のそれは後頭部にある為右のごとき結果となるのである。しかるにその浄化発生としての感冒を浄化停止、薬毒追増、多量の毒素固結という訳で、しかも霊界における火素増量は漸次著しく、為に猛烈なる浄化発生、前述のごとき病気流行となるのである。
そうしてこの症状の毒素は三種に別けられる。すなわち疥癬である赤色小粒は大体陰化然毒であり、それに蕁麻疹<じんましん>的薬毒の混合を見る事もある。豆状白膿色粒は洋薬毒の為激痛である。今一種は軽痛又は無痛で、特に壊疽<えそ>状を呈し、皮膚は一面暗黒色となり、周囲に軽度の浮腫を見るが、この毒素は私の考察によれば癩<らい>毒と判断せられる。それはかの癩症と酷似せるからである。真症癩病は癩毒多有によるのであるが、これは少量保有者で局部的なる為看過せられるという訳で、この例としてかの霜焼も私はそれであると惟うのである。
したがって施術の場合、右いずれの症状も手首、手指等に対しては頭脳を主とし、淋巴腺部を次とし、腕、患部という順序に行い、脚、足首、指等は鼠蹊部<そけいぶ>のグリグリ、腹部下端、腰骨部という順序でよいが、必ずその部には発熱と痛みがあり明瞭に分かるのである。ゆえに発熱が漸次解消するに従い治癒に向うが、全日数は早きも一ヶ月、普通二、三ヶ月、遅きは半年以上一ヶ年に及ぶものさえあるのである。
ここで今一つの重要事がある。それは彼の肺結核患者が例外なく頭脳の浄化が伴う事である。これも読者は意外に思うであろうが、事実であるから致方ない。すなわち結核患者の頭脳は例外なく相当の発熱を見る。これに向って施術を行うや、たちまち咳嗽と共に吐痰をする。この場合頭脳内の溶解毒素は間髪を容れず肺臓内に流下し、喀痰となって排泄さるるのであるから、宛かも肺自体の患部より出ずるとみるは無理はないのである。しかるに現実は頭脳の発熱が減少するに従い、正比例して結核症状も軽快に向い、頭脳が全く無熱になった時結核も全治するのであるから、一点疑う余地はないのである。もちろん頭脳内毒素が減少するに伴い、全身的各局部の毒素も排泄さるるのである。
次に喘息及び原因不明の熱性病等の場合も右のごとく頭脳の浄化が原因である事が多く、したがってあらゆる熱性的疾患に対し、頭脳の施術を一応試むべきである。