人事をつくしてご守護を待つ

 信仰に入りますと、非常なおかげをいただきまして、万事うまくやっていただくものですから、ついそれに慣<な>れまして、どんな場合でも、神さまが守ってくださるのだから、どうにかなるだろうといったような依頼心<いらいしん>を起しましたり、つぎには、多寡<たか>をくくって、当然つくすべき手段をつくさないで、なまけておるというような欠点が往々にして認められるのでありますが、これはたいへん間違った態度だと思います。神さまのご守護をはじめから予算に入れて物事をやるということは、横着<おうちやく>な考えで真面目<まじめ>な人のやることではありません。あくまでも人間は人間としての全力をつくし、つくしきったそのうえで、どうもうまくいかないというのであれば、神さまはかならずご守護くださるのであります。それをはじめから期待して、なまくらなことをするという態度であれば、神さまは横を向いておられます。

「栄光  三六五号」