いまは無神無霊魂の人が非常に多いのですが、やがて、最後には必ず世界中が見えざる神様を信じ、神様に祈る日が来るということは、神様の啓示<けいじ>によって明らかに出ております。
もちろん、そうなる前にはひとつの大洗濯<おおせんたく>があるのです。これも神様の経綸<けいりん>によって知らされているのです。その大洗濯を神様が、いきなりなさると、おそらく助かる人はないのです。それで各人が自<みずか>らを浄<きよ>め、人々を浄めて、この世に大洗濯が来なくてもいいようにしておけということで、この浄霊があるのです。
ですから、この神様の大愛の思召<おぼしめ>し、お救いの具現<ぐげん>のためにある浄霊をいただいた者は、どうすればいいかというと、いまはできるだけ時を惜<お>しんで、浄霊を通して神様に通う人間を、ひとりでも作っていくという以外にはないのです。これが、本教のぜひやらねばならない一番の眼目<がんもく>なのです。グズグズしていたら、いまいった大掃除<おおそうじ>が天地から始まるのです。そういうことになれば、申しわけないのです。このために明主様も出られ、救世教という名前がついているのです。世の中を救うということは、世の中を浄めるということです。