前項によって治病上最も重要なのは、今日まで地球上になかったXなるものであるが、では何故私を通じて発揮される事になったかという理由をかいてみるが、前項にかいたごとく神は人類不幸の原因である病なるものを絶滅するについての必要な条件としては、病理の開明<解明>と確実な治病法が生れなければならないのは言うまでもない。すなわち病理は浄化作用であり、治病法は浄霊であるのはもちろんである。
そこで神は私を選び、智慧と力とを与えられたのである。これがさきにかいたごとく私の文字で作られる御守を使用する事であって、換言すれば無形の原子爆弾であって、しかも霊界における火素が日に月に増量しつつある為、それに伴<ともな>い霊の曇りも溶け易くなりつつある事は、私に伝達されつつある火素が漸次増量強化されるからである。それは私始め数万の弟子達の浄霊の力が日に月に強くなりつつある事によっても分る通り、治病力も著しく増して来たのである。
ところが面白い事にはこの影響は医学の方へは反対に現われてくる。というのはすでに説いたごとく医学は溶けようとする毒素を固める方法であるから、火素が増えるに従い段々固らなくなるから、固めるには漸次強い力が必要となる。それにはこれまでよりも薬の毒を強めなければならないが、これもある程度以上強めると副作用が起るから、この副作用を起らないようには毒素を加減しなければならないから、これがまた厄介であって、これが薬剤の進歩である。従ってこの進歩はもちろん病を治す進歩ではなく、病を一時的固める進歩である事はもちろんで、これによってみても医療の逆である事が分るであろう。以上の理によって新薬の進歩とは毒素を強めた割合に副作用がない事で、つまり固め方法の進歩である。その結果結核などの死亡が減ったというのもこの為であって、それは事実が示している。というのは死亡率が減った割合に患者及び発病者は些<いささ>かも減らないのにみるも明らかである。これについてもこの際私は警告すべき重大事がある。
それは霊界が昼になるに従い、浄化力が旺盛となるから毒素が固らなくなる。そこで薬の毒素を益々強烈にしなければならないのは当然で、もはやこの限度に来ている事であって、これ以上は危険線に入る以上、固める力よりも溶ける力の方が勝つ事になるから、そうなると結核を始めあらゆる病気は飛躍的激増となり、患者と死者の増加の為、空前の修羅場が現出するであろう。これこそ私が以前から唱えている恐怖時代である。こうなったら最後医師が手を触れるや、たちまち悪化又は死となるから、医師の恐怖時代ともなろう。ここに至って医師が医療を放棄せざるを得なくなる。そこでこの惨害から免れる道を求める事になるから、ここに至って私の説が初めて光り出し、万人救いを求めるべく、本教目指し蝟集<いしゅう>するであろうから、その時の多忙なる到底想像がつかないと共に、漸次世界的となり、神の御目的である救世済民の大偉業が達成するであろう。