新霊祭祀の意義

 人間が死んで五十日間、これを新霊<あらみたま>といいまして、祖霊さまとは別の所にお祀りをして、お日供<にっく>だとかお食事を、生前のとおりにあげるのです。その間十日目、十日目に私たちの方では十日祭をやっております。

 そして五十日に五十日祭をして、それがすむと祖霊さまの中へお鎮<しず>めして、祖霊の一員となられるのです。つまり、五十日間は死穢<しけが>れといって、死ぬことはひとつの穢れなのですから、それをお祀りするわけです。

 五十日間を中有<ちゅうう>といいますが、これは、まだどっちに行くか霊の行方<ゆくえ>が決まらないときで、この状態をいうのです。

 このように新霊さまは五十日を過ぎると、祖霊さまの一員となられるわけですが、ここで一番大切なのは、死後五十日間のご供養ということであります。

 それは、その間のご供養の厚薄<こうはく>によりまして行先が多少違う場合があるからです。

 人間は生きているうちから、学問や現実の幸福と同じ程度に霊界のことを知り、神様の道のために働いて、霊界に行ったときの支度<したく>をしておかなければいけないのです。

 それは、片方だけの生活をしていると、人生が終った後に霊界で非常に不幸になるのですから、どうしても、この世において物的生活と、霊的生活を同時に行なわなければならないのです。

 霊界へいきますとわからない人には、エンゼルのような人が指導するわけです。ところが救われない人は、その指導霊を嫌<きら>い、離れようとするわけです。だから、なお救われることが遅くなるのです。素直な者はそれに指導されてだんだんさとって、五十日間に上に行く準備ができ、その霊にふさわしい所へ連れて行かれるのです。霊界に入った五十日間はそういう意味で大切なのです。