信仰の極致は神様とともに働く

 人間の使命は何かといいますと、神様に代わって、神様の心のままの理想を、この地上に顕現<けんげん>することであります。これは宗教を通じ、また、正しい思想を通じて、天地からお示しになっておられますが、いまの人はもうすでに、神様はないものと思っている人が多いですから、どんなに神様が教えを垂<た>れて、幸福の道を説いておられても、歯牙<しが>にかけないのです。自分の力、自分の智慧、科学の力さえあればと思っていますから、とうてい神様の言葉を聞き入れようといたしません。

 それで最後の手段として、神様は証<あか>しをされるわけです。これが奇蹟<きせき>です。私どもの浄霊はそれなのであります。だから、浄霊はけっして病気だけを治して喜んでいるような、そんな小さなものではないのです。無論、人間の肉体は神様の器でありますから、病気を治していただくという望みは正しい欲望<よくぼう>であります。しかし、神様の恩寵<おんちょう>によって健康にかえらせていただいて、ただ感謝するだけではなく、末世<まつせ>の人間を立派なものにしたいというためのご恩寵であり、真に人間の心治しのためにいただいていることを知るべきです。そして、神様のご理想である地上の天国建設に、奉仕参加していただく手がかりとして、授<さず>けられているのです。同時にまた、神の恩寵がわかれば、親の恩寵がよくわかり、したがって、親の心を汲んで子が働くのは当然でありまして、神様とともに善願<ぜんがん>を持ち、神様とともに働く、これが信仰の極致<きよくち>であります。

 私どもがいただいている浄霊は、神様から授けていただいたこの世を救う鍵<かぎ>でありまして、これは、学問の有る無しにかかわらず、みなこの世の中を浄めていけるのですから、このことに大いに誇りを持って、日々神様の御用をしていただきたいと思います。そして、末世の救いの早道<はやみち>として、こうした宝をいただいた以上は、私どもはこれをフルに使って、世の中を浄めていかなければいけないと思います。