教集24 昭和二十八年七月十七日(4)

 この間肩を柔らかくしろということを言いましたが、それはつまり食欲が一番出るということなのですが、どのくらい柔らかくすればよいかというと、触ってみて、あるいは本人でも分かりますから、本人が触ってみて、フカフカになればよいのですが、ところがそうなるには、なかなかたいへんです。どこかしらに必ずあるものです。あるばかりではないので、柔らかい所はないくらいなものです。それがうまくいっぱいに固まってますから、それがあたりまえのように思うのです。それである程度半分くらいに溶けてくると食欲が大いに増えてきます。そうすると肥ってきます。痩せているということは肩です。「肥るのも痩せるのも自由自在だ」ということを前に言ったことがありますが、それは肩を柔らかくすることだけで肥ります。それが分かれば痩せている人は助かります。これはだいたい人にやってもらわなくても、自分で溶かすと溶けます。手をくっつけないように少し浮かしてやるのです。私も始終やっていますからだいぶ柔らかくなりました。それから上からやってもよいです。とにかく食欲さえあれば結局なんでも治ります。浄霊すればどんな病気でも治るに決まっているので、ただ治るまでに衰弱で倒れるので、衰弱は食事ですから、そこでこれによって衰弱を防ぐということになりますから、根本的のことです。

 それから一番厄介なのは必ずここ(延髄)に固まりがあるので、ここにない人というのはありません。多い少ないはありますが、必ず棒のような人とか石がはいっているようなのがあります。全部柔らかいという人はありません。だからいまの人は全部病人です。だいたいいまの人で長生きしても、たいてい七〇から八〇が長生きのほうですが、ところがそういった固まりがなくなると一〇〇以上は必ず生きるのです。だから実にたいしたものなのです。寿命を延ばすことくらいはなんでもありません。そこであんまり話がうま過ぎるので、かえって先方は本当にしないでいるのです。そういうわけでここ(延髄)です。それから近眼、トラホームという目の病気は後頭部に必ず固まりがありますから、これを溶かせば盲目でも必ず見えるようになります。ここに固まっているのはやっばり肩から来ます。ここに固まりがあって、こういうように肩から来ます。そういうように固まっている人で目の見えない人はずいぶんあります。そういう人はまず目の後ろ、と言ったところで中心がありますから、その交錯した中心の固まりをとれば必ず見えてきます。ただそれを溶かすにはそうとうかかります。これはできるだけ力を抜いて中心を狙ってやると、いくぶんずつ溶けてくるから見えてきます。だから盲目を治すのも別に難しいことはありません。それから耳では、耳鳴りというのは多いですが、耳鳴りはここ(延髄、頸筋)に必ず固まりがあります。それから中耳炎をやった人で聞こえが悪いというのは耳下腺です。これが中耳炎の筋ですから、こういう所に固まりが残ってますから、それを溶かせばよいのです。

 それからどんな人でも前頭部に熱があります。脳貧血の人は冷たいですが、ふつうの人は必ず熱があります。この熱はある程度はやむを得ませんが、触ってみて芯に熱のある人と上面に熱のある人と両方あります。触ってみて、芯にある人はどこまでも熱いですが、上面の人はいつまでも感じません。本当から言えば上面の熱もやっぱりいけませんが、そういうのは別になんでもないと言ってよいです。やっぱりいろんなことを考えると毒がここに集まるのです。首から上に毒がなければいくら考えても集まりませんが、そういう人はないから、いろいろ考えたり心配すると前頭部に毒が集まるのです。それで男はそうでもないが、女のヤキモチはそこに一番集まります。だからヤキモチでなくてヤキ頭です。それからこういうことを考えなければならないのです。人間は上半身と下半身は天地になってますから、天帝(額の中央)がちょうど女の前にあたることになってます。もういっそう突っ込んで話をすると、性的の意味は前頭部のここに関係があるのです。これは男子に多いことですが、ストリップを見ると、目から前頭部のこの中を刺激するのです。そうするとこれがすぐに下に行くのです。これは性科学です。男子の性欲というのは、原因は前頭部にあるのです(神様のほうの医学も、やっぱりいま流行の性科学のほうなのです)。ですから前頭部に熱がある人は、やはり下部を浄霊するということが肝腎なのです。どうも頭痛がして頭が具合が悪いという人は、いまの下部の急所をやると治ります。ですからこれは天地になっているわけです。やはり病気でも急所があります。つまり楽屋と舞台があります。病気は舞台のほうで、原因は楽屋のほうです。それで楽屋のほうをやっつけなければ根本的には治らないわけです。ですから目の悪いので、ここ(後頭部)に集まるこの毒というものは肩です。それで肩の毒というものは、だいたいは腎臓です。薬毒とかいろいろなものを人間の体に入れると、その毒がいったん腎臓に行って、腎臓で処理されるのです。というのは、腎臓で小便によって外に出すという働きになるのです。そこで腎臓で処理されない分、それは薬毒とかそういった不自然なものは腎臓に行っても処理されないので余るのです。その余ったものがだんだん肩に来るのです。人間は凝りますが、それは腕を使わないから扇に来るのです。足は凝りませんが、これは始終歩いているからです。じっとして手を使うとか、そういうために肩に来るのです。ところが手を始終動かしているとそうでもないが、人間は足だけしか使わないから、肩に来るのです。そして頭を使ったりいろんな道具を使いますから、頸や頭に来るのです。それでこの辺の浄化によって溶けて下に下がるといろんな病気になるのです。けれども他の肝臓とか膵臓とか腸の病というのはまた違います。それはいったん胃にはいったものが腎臓に行かないうちに、その辺に浸透して行って固まるわけです。これは次に話しますが、いまのはだいたい肩を中心としたいろんなことをお話ししたわけです。まだいろいろありますが、追々話してゆきます。

「『御教え集』二十四号、岡田茂吉全集講話篇第十巻」 昭和28年07月17日