昭和二十七年五月十五日 『御教え集』九号(7)

四月二五日

御教え 自然農法について、今度佐渡のほうから座談会の記事が来たのです。これは、いままでのこういったお蔭話中でも一番良いんですよ。それは、私の言う通りにやっているんです。だから成績がなかなか良いんです。で、今度新聞に出しますが、非常に参考になると思うので、いま読ませます。

(御論文「自然農法の勝利」およびお蔭話朗読)〔「著述篇」補巻二、四五五―四六一頁〕

 で、いまある通り切り藁ですが、これはやっぱり一一月にやったほうが良いと言いますが、これはそういうわけなんです。ちょうど一一月ごろやると、植え付けの時分には腐って柔らかくなるのです。それで、藁は暖かい所は必要ないんですよ。ごく寒い所ですね……東北のような所ですね、以前書いてある通り、土を温めるだけの効能ですから、暖かい所はいらないわけですね。これにもある通り、なにもやらないで土だけが良いとありますが、これはちょうど私の説に合っているんですよ。浄霊も肥毒を取るんですから、だから四、五年以上先になると、浄霊の必要がなくなるんですよ。肥毒がなくなるからね。そういうわけだから、その気持ちでやれば良いんですね。これにもある通り、浄霊しなくても……信者でなくても、米をたくさん穫ることはできるということですね。これを一般に知らせると非常に良いんですよ。それでないと信者にならないと、どうも穫れないということになると、普及するのに非常に暇がかかりますからね。信者になる、ならないは二の次にして、日本の国の食糧問題を一刻も早く解決しなければならない。それには信者にならなくても、浄霊しなくても増収するということを、未信者にもよく言って呑み込ませるんです。それで良いんですからね。だから浄霊しなくては穫れない。と言って、信者を作るような意志がちょっとでもあってはいけないです。病気のほうは信者になったほうが良いですが、自然農法のほうは、肥毒さえなくなれば豊作になる。その点をよく心得てやってもらわなければならない。

この間の日比谷のときも言いましたが、こういう点が自然農法の効能ですね。で、それは非常においしいんですよ。野菜でもね。これは、米に限らない。いっさいの作物ですね。ところがいままで肥料を使っているために不味いんですね。不味いからして、どうしても肉や魚を食いたがるんです。私でもそうですからね。やはり、近ごろ自然農法で穫れたものをだいぶ食べるようになりましたがね。だいぶおいしいから肉より野菜を食べたいんですが、以前ときたら、野菜は不味いんです。だから、ついごちそうといったら、動物性のものを食べるようになるんです。だからして西洋は昔からそうですが、日本でも近ごろ非常に肉食が多くなってきた。動物性が多くなってきた。そうすると、精神的にどうしても気が荒っぽくなる。怒りたくなる。そこで白人くらい戦争好きなものはない。野蛮人が戦争好きと言うが、野蛮人より白人のほうが戦争好きです。野蛮人は部落と部落の戦争はやります。ところが白人は、戦争によって自分の野心を遂げようとするのが、歴史にたくさんありますよ。それから社会的の争いですね。裁判とかあるいは警察の取り締まりとか、そういうことが非常に必要になるのは、肉食の原因が非常にあるんです。私は七、八年前に……私の本にも書いてありますが、川治温泉というのがありますが、川治温泉と日光の間くらいの所に、湯西川という温泉がありますが、そこに行ったときに、戸数が九〇戸で、人間の数が……六〇〇人という村人がおりますが、そこでは絶対菜食です。川に鮎があっても食べないんです。先祖から食べたことがないから食べたくないと言うんです。鶏もないんですからね。鶏を食べようと思ってもないんです。とうとう隣村まで行って買ってきましたがね。鶏がいないから、無論卵もないんです。そこでは問題が起ると、宿屋の親父が一人で裁いている。それですんでいるんですからね。病人なんかないんです。肺病なんか無論ない。というのは、そこの村は絶対に東京なんかの都会人とは結婚しない。絶対に村中の人間と結婚しているんですね。たまに……日光が一番近いから、日光の人とはたまには結婚するらしいですがね。あとは絶対に村中でやる。なぜかというと、東京なんかとすると肺病になりやすいので、そんな危険なことはやらないほうが良いというので、村中ですんでいるんですね。そういうわけですから実際理想的ですね。天国みたいな村です。私はそのときに……だからみんな心が穏やかで、そこのいろんなことを宿屋の娘に聞きましたが、娘も二〇くらいで女学校ですがね。女学校は日光の女学校に行くが、非常に頭が良くて、話し方もめったにないくらいにはっきりして気持ちが良いんですね。そういう点を聞いてみると、菜食というものの影響……これが非常にある。だから、つまり自然農法も、そういった米にしろ野菜にしろ非常においしくなりますから、どうしても多く食べるようになる。そうすると、そのために人間に、精神的効果が非常にあると思う。だから、自然農法の効果は、いままでそれを言わなかったが、近ごろそういう点に非常に影響があると思ってお話するんですがね。だからそういうふうになると、西洋でも野菜をもっと多く食べるようになりますね。外人ですね。もっとも外人でも菜食家というのはありますがね。死んだバーナード・ショウなんかは有名な菜食家ですね。ですから、やっぱりミロクの世の、一つの条件になるわけですね。

 それから、この二八日……私は奈良、京都方面に行くんですが、この目的はなんだと言うと、仏教美術ですね。仏教美術といったところで、仏像を見に行くんです。これは、良いものは奈良に一番多いので、そういったような……そういう良いものがある寺を数ヵ所だいたい連絡して了解させて、そうしてそれを順繰りに見ることになっているんですがね。それはどういうわけかというと、私が去年あたりから仏教美術を研究してみると、驚いたんですよ。それはなんだというと……すばらしい彫刻ですね。しかも、とにかく奈良時代ですね。千二、三百年前にできた木彫なんかたいへんな傑作がある。それはほうぼうのお寺にあるんです。だいたい仏像が多いですが、仏像以外に昔の力士ですね。力士の男性の裸像……これなんかには非常な傑作がある。本当に遠慮なく言うと、ロダン以上のものはたくさんあるんです。ロダンは男性美の力強さですね。それがロダンの特色としているんですが、ところがロダンのは写生ですが、奈良朝時代にできたものは、写生でなくて頭で作ったものです。空想的なもので、写生のものよりもっと力強い、実に驚くべきものです。またそれ以外に仏様ですね。阿弥陀如来とか薬師如来とか、穏やかな崇高な様子の溢れた面貌といい、感じといい、実にたいしたものですね。そこで、日本にそれほどの秀れた彫刻がたくさんあるんです。数えきれないくらいあるんです。しかしなんと言っても奈良、京都です。ここに集中されている。まず、古いところは推古、飛鳥ですね。天平、白鳳、弘仁、藤原、鎌倉といった具合で、それぞれ特色があります。鎌倉時代の精巧な作品はまた別な特色があって、それは実にたいしたものです。だから私は、どうしても世界的に知らせる必要があると思う。日本人がいかに文化的優秀性があるかということをですね。それにはどうしても京都に一大美術館を造らなければならない。というのは、仏像の大きいものは、一つか二つはどうか知らないが、たくさん運ぶことは無理です。困難なんです。だから地元に陳列しなければならないですね、だから私は、京都に美術館を造るべき敷地ですね。それがちょうど、候補地があるんです。それを今度調べるつもりなんです。それと、もう一つは、やっぱり古いお寺は非常に財政難に陥っているんです。そのために去年も、京都の大徳寺に行きましたが、気の毒なようです。雨漏りを修繕することができず、壁は落ち縁側も落ちそうでね、で、それを修繕することができない。政府でも国宝保存に対して、非常に気をもんでますが、なかなかまたそれほどの財政援助が難しいので、よほどそれに対して人民のほうで、そういうことに力を尽くさなければならないと思う。また人民のうちで、終戦前みたいに金持ちがたくさんあるときは、そういうこともできないことはないが、今日のような状態ではなかなか難しい。それで私は、あの辺の寺から、優秀なものを一ヵ所に集めます。いままではそういった研究やなにかはお寺を一軒一軒まわったものです。おまけに、外人やなにかは日限がないのにたいへんですから、一堂に集めて一遍に見せるという機関を作らなければならない。そういう機関を作って、そうとうの入場料を取って、その金を出品したお寺に分配して、お寺の保存費、修繕費……そういうものに当てるようにする。そうすると一挙両得ですからね。しかも日本の彫刻の秀れた……それを世界中の人に知らせる。そういうことですね。これはぜひやらなければならないですからね。だいたいそういう意味で、今度行くことになったのです。で、神様がやられているんですが、そういったようなちょうど良いような敷地でも、ちゃんと取っておいてあるんです。そこにだんだん、やっぱり地上天国を造ろうと思っている。

 もう一つは、京都という所は、ぜんぜん発展性がないんですよ。だから、一番の証拠には、京都の人口を調べてみると増えないんです。何年前から同じなんです。だから京都は、別の……そういった美術都市ですね。それが京都としての在り方なんですね。ですから、それには京都は将来もっと観光外客が、ついでに見るという所でなく、日本の京都を見に行こうというくらいの誘引力ですね……そういうものを大いに京都という都市に発揮すべき必要があると思う。差し当たっては美術館はぜひこしらえようと思うし、それから後には、京都に一大地上天国を造ろうと思っている。それには、京都という所は、実に雰囲気が一番適当しているですね。これは日本の土地で、京都くらいの所はない。京都は日本におけるフランスなんです。日本を世界とするとね。これは霊的のことになりますがね。これはいずれ話すとして……日本を世界とすると、京都はフランスになる。フランスは世界の観光客を集める。と同じようにして、京都もそんな……いまでもそういう点はありますが、まだまだ貧弱なんです。ただ、古臭い、歴史的のそういったもので客を呼ぶだけです。なるほど、桂の離宮とか、修学院とか、いろんなそういった古いのがありますが、それだけではごく特殊な人だけしか、それが理解できないんです。そこで、現代人だれもかれもぜひ行ってみたいという意欲を起すには、とにかく新しい天国的なものを造るということでなくちゃならないと思う。そういう意味で、だんだん京都もそういうものをやるつもりですがね。今度の旅行の意味をちょっと話したんです。

 それから、これはちょっと注意ですけれどもね。

(御論文「大いに注意すべき事」およびお蔭話朗読)〔「著述篇」補巻二、四三四―四三六頁〕

「昭和二十七年五月十五日 『御教え集』九号」