昭和二十七年一月七日 教集06 (3)

 今年はメシヤ教のほうでは、美術館は着々として進捗してますがね。無論、六月までにはできそうです。あれがまた、一つの社会的に非常に評判になる。評判になって、どうだと言いますと、やはり教団の発展に対して、非常に良い影響があると思いますね。というのは、いままでインテリとか、そういったようなのは、なんだメシヤ教なんて、いい加減な新興宗教の……うまいことを言って瞞くらかして、金をうんと上げさせたりなんかして、いままでの宗教的なことになるのだ。とくらいにしか見ていなかったんです。今度美術館ができますと、断然日本一ですからね。これは、ふつうの宗教と違う。たいしたものだと見方が違ってきますからね。そんな気振りがあるようです。そこで、いよいよできてみると、これはいままで蔑視していた在来の宗教的でない。これは、よほど見直さなければならないというようなことになりますね。それと、もう一つは、一般にも見せますからね。やはり、名目は維持費とか、いろんな名目はあるでしょうが、入場料を取って一般に見せる、というようなことをするつもりです。もう一つは、外国人が日本に来れば、箱根は必ず来ますからね。熱海に来ない外国人でも、箱根は必ず来ますから……日光と箱根は来ますから……そこで、箱根に来れば美術館を観なければならないということになります。私は、箱根の美術館というものは、外国にもセンセーションを起すだろうと思います。日本に行ったら、必ずあの美術館を観るべし、というようにするつもりでもあるし、その確信もあります。そこで、日本に行ったら、まず第一に箱根の美術館を観る。それから日光の東照宮を観るとか、あるいは京都にと……そのくらい認められるようにするつもりです。外国人が観るくらいにすれば、日本人は無条件でありがたがりますからね。それで、ときどき陳列変えしようと思ってます。この間京都であった琳派の……あんなようなことをしようと思ってます。するとときどき来なければならない。面倒臭いから……信徒ならいつでも観られるから、信者の籍だけでも置いておいたほうが良いということになる。それで良いんですよ。形でも信者になれば、霊的には信者になるんですからね。だんだん解ってきます。最初から理解するとか、そんなことはいらない。美術館のために信者になると言う……そういうような信者もたくさんできると思います。日本人は、ああいう方面に注意を持っているのは割合多いですよ。しかも、近ごろ美術というものに、識者がたいへん関心を持ってきましたからね。しかも、東洋美術というものは、特に関心を持ってますね。そういったような……だれが見ても、なるほどと言うようにできあがるつもりですからね。特にまた、インテリですね。そのうちの文士だとか、作家だとか……そういう人たちが非常に、いまああいうものに趣味を持ってきたですね。暮れなんかも、少しでも見たいと言うので、申し込みがあったが、私のほうが都合があったので、春に延ばしました。著名な人たちでも……大仏次郎<おさらぎじろう>とか川端康成とか志賀直哉とか高見順とか、野村胡堂<のむらこどう>とか……そんな人が、まだ……いろいろ見たがっているんですがね。私は、いずれ美術館ができれば、一遍に見せるからと、止めてあるんです。そうかといって、ああいう人たちが来ると、やっぱり……骨董品なんか出すといっても、、面倒臭いんです。それに、ごちそうなんかしてやらなければならないからね。それでこっちも、なるべく美術館ができてから見せるようにしてます。そんなようなわけで、非常にああいう方面に趣味を持っている人は、非常に多いですよ。それから、吉川英治なんか……あの人は有名ですがね。それから梅原龍三郎ですね。あの人も見たがっているんですがね。それで、美術館ができると、ああいう人たちの間にも、非常に親しくなりますね。それで、ああいう人たちが解るということは、非常に力があるんですよ。やっぱり、なんだかんだ、筆で書きますからね。ああいう人たちが褒めるというと、それじゃそうとうなものだ、ということになるんですよ。ですから、徳川夢声なんか、非常に良く宣伝しているんですよ。あれは、ほとんど準信者となっているんですがね。そういうのは、信者になると、また都合が悪いんですよ。とうとうあれでやられちゃったとなる。そんなことで、美術館もなかなか大きな役をすると思ってます。いずれ熱海にできるのは……これもたいへんですがね。箱根だけでも、いま言ったような働きをすると思ってますね。

「『御教え集』六号,講話篇第六巻p375~376」 昭和27年01月07日