メシヤ教の趣旨というのは、だいたい……宗教というのは、教がついていれば、しようがないが、メシヤ教の一部なんです。宗教と、その他に、あらゆる……政治、経済、文化……みんな含まれている。だから、病気を治すというのは、人間生命で、医学のほうですね。自然栽培というのは農業のほうです。それから教育ですね。良い人間にしなければならない。悪人をなくしなければならない……いろんな部門があるんです。で、五六七の世というのは、芸術が中心なんです。それから、いずれは運動ですね……スポーツですね。ああいう方面もやろうと思っている。それまで手が伸びないんです。信者でスポーツをやるということになれば、みんなレコードを破りますからね。そういったことは、方法があります。しかし、なかなか仕事が大きいですから。ボツボツやっているんです。いまのところは美術館ですね。それを急速に造らなければならない、というのです。
それから昨日話したんですが……昨日と今日との話はだいぶ違うんですが、一つだけのことを話しておきます。いつも言う通り、大乗と小乗ですね。大乗にあらず小乗にあらず、経と緯ですね。その真ん中が伊都能売です。それで、もう伊都能売にならなければならないんです。つまり、結ばなければならないんですね。ところが、どうも極端になりやすいんですよ。人間は……なにしろ、いままでの人間は、私がいつも書く通り緯と経ですからね。東洋文明の経と、西洋文明の緯が基本になってますから、人間がみんな経か緯か、どっちかになっている。この間も、政治家の偉い人のラジオ座談会がありましたが、やっぱり右か左になっている。あれは、左が経で右が緯ですからね。ちょうど真ん中が伊都能売になるんですからね。そこで、経緯を結ぶ……それはメシヤ教がやるんですからね。ですから、その信者が、経と緯をやる人でなければならないんですから……経と緯を結ぶということは、大いにそれに中心を置かなければならないですね。ですから、今年は経緯を結ぶという頭でやらなければならない。これは解りきった話で、つまり極端に行っちゃいけないんですね。ところが、いままでの宗教は経のほうが多かったですね。なにしろ、美術館なんか造った宗教はないですからね。あれは経だからね。また経という字が経ですからね。それで、いままでそういうふうになっていたからしようがないんで、そういったような……経緯を極端に走らないで、ちょうど良い……中くらいですね。中くらいというのがあるんです。やっぱり気候と同じことですね。暑からず寒からずという……それが本当です。ちょうどお彼岸がそうなってます。彼岸といって、彼方の岸ですね。仏教でいうと、極楽浄土なんですよ。あれは良く現わしている。暑からず寒からず……そういったように、すべてをやっていく。そうして、どっちを主にする、というと、大乗を主にしなければならないですね。なにしろ……小乗が大乗の中にあるんですからね。小乗の中に大乗はないんですからね。ですから、大乗が主になっている。経緯……十は、長さは緯のほうが長いのが本当ですがね。すなわち、緯が大乗で経が小乗ですから、緯が経よりも少し長いのです。緯の働きが経よりも大きいのです。しかし、それじゃ格好が悪いから十の字にして、経緯同じにしておきます。月という字が大乗です。日は小乗になる。月の中に日があるんです。月の下をチョン切ると日でしょう。日の中に月は入ってない。やっぱり、字の意味にも、そう含まれている。それから明の字も月が大きくて、日は入ってますね。その代わり、先に行くほど拡がっている。働きは月のほうが上なんです。そういったような意味で、すべてを企図していくと間違いないんで、ちゃんと神様の思し召しにかなっていくんですね。そういうふうに、どっちにも偏らないで行くと、どんどん発展していくんです。よく、私は自動車の運転に譬えますが、右に行っても左に行ってもぶつかるから、まっすぐ行くんです。だから、信仰のほうも、このようにやっていくと、ドンドン発展していく。話はそのくらいにしておいて、春らしい「寸鉄」を。