御伺い 昭和一八年肺浸潤にて医療を受け、昭和二〇年秋に再発し、マイシン二本注射しましたが効果なく気胸をいたしました。そのとき医師の不注意により肋膜が少々破れ、空気が洩れるため呼吸困難となり、たいへん苦しみました。その後はラジオドクターの放送を聞きながら安静療法をいたし、半年あまりカルシウム剤を服用いたしました。昭和二五年お道を知り、妻が入信、会長先生と妻の御浄霊により、一カ月くらいでだいぶ呼吸も楽になりましたので、家業の八百屋の仕入れに自転車でかけまわっておりました。九月ごろよりまた呼吸困難となり、その後三カ月ほど会長先生の御浄霊をいただき楽になり、私も入信。光明如来様、御屏風観音様を御奉斎させていただきました。本年五月喘息で、息苦しさはなはだしく、横にもなれず苦しみました。これも先生の御浄霊で楽にならせていただきました。一〇月三〇日名古屋別院にて明主様の御参拝をいただき、翌日よりいっそう呼吸が苦しくなり寝ついてしまいました。咳や痰がはなはだしく出、体がだんだん衰弱してまいり、先生の御浄霊をいただき、楽になりました。食物は魚、鳥、獣肉、サッカリン、ズルチン、合成酢、色粉などを入れたものを食べますと三、四時間後に、そのものだけ吐きます。最近は菜食にいたしておりますが、なにを食べてもおいしく感じます。発病後少量ながら一〇回ほど喀血し、血痰は毎日のように出、朝夕は「ヌラ」のごときものを必ず吐きます。痰や唾は一日七、八合くらい出ます。右の息苦しいのはいかなるわけでございましょうか。また御浄霊の箇所御垂示のほどお願い申し上げます。
御垂示 空気が洩れ……ああ、これはひどいな。つまり、気胸のときに肋膜……空気が……これですね、原因はこれがまだ治らないんだな。これがいずれ……膜でも、だんだん治るんですが、こういうのは非常に暇がかかるんですよ。だから少し良くなって、八百屋さんかなにかで……車引いて、これが悪かったですね。膜が、薄く付いたくらいだったのが、労働したためにはずれたんですね。元は医学に因る被害者だ。それで、まだ薬毒がたくさんあります。それが、痰やヌラになって、それから血痰や喀血になるんだから、それは出るだけ出ればなくなるが、労働はしばらくできませんね。治ってから一年くらいは……ぶらぶらしているのは良いが、力を入れるのはね。手に力を入れるのが悪いですからね。手に力を入れると肋膜にひびきますから、そんなふうにして、気長にだんだん良くして……身体が疵物だから、少しずつ起きて、慣らせるようにして、一年くらいぶらぶらしているんですね。菜食にしたのは、結構ですね。こういうのは魚鳥獣肉は絶対いけない。そんなものだね。ですから、いまじっとして寝ていれば、息苦しくないんだから、じっとして少しずつ……だんだん身体を慣らしていく、そんなふうで治りますよ。