〔 質問者 〕お任せするとは、口で言いながら、実際はお任せしてなく、自力を引いております。
そうなんです。だから、物事は楽にすることは結果は良い。苦しんですることにろくなことはない。それから、私がちょっと言ったことが、なんでもなく思っていることがある……あれがたいへんなものです。私がちょっと言ったことを、すると、楽にいくんです。ちょっとでも自分の……我を出したりしたら、たいへんなことです。だから、なんでも楽にやれることでなければ駄目ですね。私なんか、問題があったりしても……ちょっと割り切れないことがあるんですよ……こちらを立てればあちらが立たないということがね。そういうことがよくありますが、面倒臭い、神様に任せちゃえと言うと、するとうまくいくんです。信仰の妙味というのはそこにあるんでね。
〔 質問者 〕小乗と大乗ということで、お言葉をいただきますとき、大乗とおっしゃられます。ふつうは大乗というのは、小乗に対する大乗で、経と緯になり、大乗は経緯で、もっと大きなものになっていくものと思っておりますが。
なんでも大乗的見方でいくと、一時は悪くても、結果において良くなっていきますね。小乗は、一時良くても、結果が悪くなる。医学なんかはみんな小乗です……薬や機械で治すというのはね。しかし、小乗はすぐに良く見えるから、良いように思う。大乗のほうは、結果が遅いからね。そこでみんな間違えちゃう。いままで、本当の大乗はないんだからね。そこで、そうかと言って、大乗だけじゃしようがないですね。小乗もなければ……大乗だけじゃ誤解があるからね。大乗にあらず小乗にあらず、大乗であり小乗であり……較べてみて、どっちかと言うと、大乗にする。一番の間違いは、それから、決めるということが間違いですね。決められないようにできているんだからね。真理というのは、決められないようになっている。だから、決めるべきことと、決めないことと、区別しなければならない。決めることも、永遠に決める、時間的に決める、刹那的に決める……とね。
〔 質問者 〕大乗小乗は身体で言えば、骨が小乗で肉が大乗と考えまして。
そういう点もありますね。だから、教会なんか、小乗だったら、決して発展しないからね……骨だからね。骨に触るのは、だれだって厭だからね。やはり肉のほうが良いからね。しかし、骨だけだったら……八〇以上の婆さん……そうかと言って、肉ばかりじゃピンとしないですね。グニャグニャになってね。ところが、いままでどんな宗教でも、みんな小乗的でね。だから、本当言うと、戒律というものもないくらいにならなければならないね。ところが、戒律がなかったら危険だからね。それで、人間が本当に良くなれば戒律はなくなる。戒律がいらないような人間にならなければ駄目ですね。今度の文部大臣の天野氏か……あれが、変な……国民実践要綱というのを出したが、あれがいま言う戒律だからね。こうしちゃいけない、ああしちゃいけない。こうすべし、ああすべしと言って、人間が、良い人間になるんじゃ……檻がなかったり紐がなかったりすると、危ないと言うのと同じですね。ほったらかしてやっても、勝手にしろと言っても、ちゃんとやるのが、人間の価値があるんです。けれども、いままでの世の中は、そういった戒律がなくちゃ人間が駄目だったから、あって良かったんですね。本当の人間になってなかった。半獣半人だからね。獣的のところが、戒律になる。