【 明主様 】 新聞も、最初『光』それから『救世』それから『栄光』と、こんなに題名が変わるのなんか他にありませんよ。神様がされるんだから、しようがない。それは、こういうわけです。いままでの宗教とぜんぜん違うということは、いままでのは夜の世界だから長くやっていたが、今度は一〇〇〇年くらいかかっていたのを、私は一〇年くらいでやろうと思っている。神様がやられるんですが……と言ったほうが良い。
〔 質問者 〕変わらずに続けてやったほうが良いでしょうか。
【 明主様 】 神様にお任せすると良い。というのは、変わったほうが良くいく「心配しなくて良い」という好条件の場合は変わっても良い。神様にお任せするというのは、そういう意味なんです。私なんかも、よくそういうことがある。なにかに支えて、こちらに来たほうが良いという場合があると、これは神様が……と、こっちに行っちゃう。そういう場合に、馬鹿にゆっくりしているようで、馬鹿に早い。
いま、鉱山をやってますが、非常に良い鉱山を買った。三月ほど前に、一つの石を持ってきて、こういうのが売り物に……と言うので、よし買え、というので、明くる日あたり調べに行って、きっと出るに違いないというので、すぐ買っちゃったがね。そこが、だんだん進んで行って、もう少し経つと本当になります。早いときは馬鹿に早いです。箱根の神山荘を買うとき、持ち主が藤山愛一郎ですね。値段を聞いたらすぐ知らせろ、と言って、一六万円ですかね。それですぐやれと言った。そういうのも神様がやっているんですね。神様がやっているから、人間の考えで、どうこう……ときめたりするが、それはいけない。それを、千変万化、自由無碍と言うんですね。神様が、こうしろと言うことは、ずいぶん案外なことや、夢にも思わないことがありますからね。それで良いんです。
それから、良い考えが浮かんで来ないときは、決してやってはいけない。時期が来ないからね。その代わり良い考えが出たら、神様がしろと言うんだから、やると良い。そこのところは、ちょっと言うに言われないおもしろいところですね。だから、ゆっくりするような、非常に急ぐような、ちょっと……ふつうの世間的のやり方と、非常に違います。私などは、非常に仕事が早いですね。用はいくらでもありますが、そうかといって、少しもせかせかしないですね。ずいぶんゆっくりしていることもありますからね。だから、自分なら自分、中教会なら中教会で、予定のようにいかなかったり、思うようにいかなかったりするときは、決して悲観しないで、時期の関係で、神様の考えだからね。そうかというと、どんどん発展する。この分では、どんなになるだろうと思っていると、ぱっと止まる。それで良いんです。それで、一年前、二年前に較べるとウンと発展している。それでも、発展しないというのは、横道に入っている。軌道に乗っていない。神様にお願いして、それに気がつくと良い。暇なときに……こういうときは本を読めということに違いないと、御神書を読むんです。これはなんとも言えないところですね