昭和二十六年八月一日 『御垂示録』一号(5)

〔 質問者 〕七宝焼というのは。

 あれは徳川末期のもので、良いのがあったが、日本人には向かないですね。外人向きですね。尾張じゃ陶器ですね。今度、博物館に出しますがね。黄瀬戸には良いものがあります。それから、九州の有田、あの辺に良いものがありますね。柿右衛門という名人が出たが、柿右衛門は、そうたいしたことはない。なんと言っても、日本の陶器は仁清ですよ。私は仁清が好きで、終戦後ずいぶんたくさん買いましたが、近年はほとんどないですよ。どうしてかと聞いたら、こちらでお買いになったから、ないと言う。冗談じゃない。藤壷があるでしょう。あれが、一昨年か、金が苦しかったので、いくらかと言うと二五〇万。一五〇万なら出そうと言ったが駄目だったので、止めちゃった。その後聞いたら、三〇〇万で評判になっちゃった。近ごろは売るまいけれど、売るとしても五〇〇万です。三〇〇万なら、私はお辞儀をして買います。

 有名なものは、うるさいです。売ったと言うとすぐ、税務署が目をつける。それで、しようがないからアメリカに売っちゃう。あんなもの税金収めても、いくらでもないですからね。少しはアメリカあたりにもやったほうが良いんですよ。なぜなら、日本美術と言うのはアメリカあたりでは、みんな贋物なんです。それはずいぶんひどいんですね。それで、アメリカ人は、日本の美術は良いものはないと思っている。ところが、近ごろ日本に来て、良いものをときどき見るんですよ。ほうぼうの道具屋を見て、これは良いというので、最近急に買い始めた。講和に美術展と言うのは、要するに見たいんです。見直したいんです。私が、終戦後まだみんなどさくさしていましたからね。あのときに良いもの買ったのがたいしたものです。いまになってみると、支那の良いものは手に入りますが、日本の良いものはほとんどないですね。

「『御垂示録』一号、岡田茂吉全集講話篇第四巻」 昭和26年08月01日