昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(天文、地文、易学、人事)(12)

御伺い 自由主義の本義について。

御垂示 自由主義といっても、無軌道な自由主義ではいけない。自由主義には有限自由主義と無限自由主義とがある。無限自由とは、なんでもかんでも自分の自由にするという悪性的のものであり、有限自由はある範囲があって、その枠を越えないことで、これが本当の正しい自由主義である。

 故に無限自由主義によって破滅した人は古来その例に乏しくない。

 そうして自由と運命とはよく似ている。例えば秀吉は日本で関白になるのが運命の限度であった。朝鮮出兵をしたのはその限度を破ったことになる。ヒトラーでもドイツだけ治めていればよかった。ドイツの統治が彼の運命の限度であった。これもその運命を突き破って滅びた。大本教の出口王仁三郎氏のごときも、やはり運命を突き破ろうとしたために失敗したが、それがなければいまはすばらしいものになっていたであろう。ナポレオンのごときも「吾が辞書に不可能の文字なし」などとうぬぼれの極み大失敗した。徳川家康などはその分をよく知っていたから長く続いたのである。人は自分をよく見極めなくてはならない。人間は調子よくゆくと慢心をする結果、運命を破るのである。日本も軍閥時代は個人の有限自由までも圧迫した。それがアメリカの手により解放されたしだいである。故に真の自由主義とは、他人の自由を尊重し合うことである。

「『教えの光』、岡田茂吉全集講話篇第五巻p313」 昭和26年05月20日