昭和二十五年四月二十三日 『御光話録』十八号(17)

〔 質問者 〕子供が死んで天国に行った場合、学校のようなものはありましょうか。

 学校はありませんよ、霊界にはないんです。その代わり智慧証覚を得るように自然に養成されるんです。霊界でもね、八衢以下だと少し違ってて、ある程度教誨師のようなものが説教をするんです。けど、それも人間の心の修養とか学問とかとは違って、執着をとることや信仰のなんたるかをよく教えるんですよ。そして天国のほうは、いま言ったように、その階級に応じて自然に智慧証覚を得るようになってるんです。しかも高級になるほど言葉は使いませんよ。上のほうになると目で意志を交換するんです。もっと上になると目も使わず、ただ心、想念だけになるんです。こうなるといくら遠い所でも、あるいは何十年何百年先のことでも自由に判るようになるんです。

 この理屈は人間でも同じですよ。たくさんいろんなことをしゃべって相手に判らせようとするのはまだ低いんですよ。高級になるほどあっさりしたもんですからね。あっさりしてて、しかもちゃんと先方に判るように話すのが一番高級なんですよ。くどい話し方をする人がよくありますがね、くどいのほど低級であり、その人の頭の悪い証拠ですよ。頭が悪くて、あっさりしてたんじゃ自分が理解することができないもんだから、先方もきっと判らないだろうと思ってくどく言うんですよ。宗教にしたって、しつっこく言う宗教ほど低級で、あっさりしてるほど高級な宗教なんですよ。だから私のほうの宗教には説教なんかありませんよ。一つ事を繰り返し繰り返し言ったり、お経だの説教だのを長ったらしくやるものほど宗教としては低級なんです。お祭りだって半日くらいしてるのもありますからね。

 真理ってものは簡単なもんですよ。ややこしいものは真理じゃありません。あのマルクスの資本論なんか一番ややこしいでしょうね。これは、まあ労働者相手だから、あまり高級でもしかたないでしょうけどね。例えば、太陽は東から出る、これは真理ですよ。これはどこでも、昔も今も変わりがなく、これ以上に言いようがありませんからね。私のほうでは幸福ってことを説くのに、人を幸福にすればそれだけ自分も幸福になるって言うんですが、これが人々に判らないから、いろいろ例を挙げて説明してるんですよ。いまの人はそれだけ頭が悪いんですね。だから、小学校、中学校、大学と十何年もかかるんですよ。よくよく頭が悪いんですよ。いや、頭を悪くしちゃってるんですね。

「『御光話録』十八号、19500423、岡田茂吉全集講話篇第三巻」 昭和25年04月23日