〔 質問者 〕その家には狐の田植え姿の掛軸がありまして、その霊が憑ったように存じます。以前お伺い申し上げました鉄道をやめた会員のことでございますが……その掛軸は燃してしまってよろしいでしょうか。
だってその狐はいいことしてるんじゃないですか。鉄道をやめさせてこの信仰に入るようにしたんでしょ。(『御光話録』一九号[第三巻四一三頁]参照)
〔 質問者 〕はい。
狐と言ってもね、みな悪くはないんですよ。狸にはあんまりいいのはないようですがね(笑声)。狐にはなかなかいいのがあるんですよ。だからこれは燃しちゃいけません。その家のごく下座へ祀ってやればいいですね。そうすれば喜んで働きますよ。
いろんなのがありますがね。私がカイセンで寝てたときに、関西のほうのある教師が二〇人ばかりの信者をつれて突然やってきたんですよ。どういうわけだって聞くと、その二〇人の中に女が一人いて、その女に大先生の霊が懸り、これから二〇人連れてすぐ熱海へ行けって言うお言葉だったので連れてきたって言うんです。それだけならまだいいんですがね、その教師とその女と結婚しろっていうおおせだから結婚しようって、その女が押しかけ女房みたいにやってきたって言うんです。私は「とんでもない、それは狐にたぶらかされてるんだ。そんな馬鹿な、私が生きてるうちは霊が懸ってやるなんてことはないから、……ま、特に必要なときにはそういう形をとることもありますがね、……そんなことはない、すぐ帰れって言ってね、追い出したんですよ。そうしたら、その教師の人はとうとう狐にたぶらかされてしまってね、こっちに反対みたいなことをしちゃいましたがね。そのうちに病気になり親類が無理に病院に入院させて、死んじゃったらしいんですがね。こんなのは正しくないんですね。そこで「サニワ」ってことが必要なんですよ、「サニワ」とは神を審くと書くんですがね。