昭和二十四年一月二十八日 御講話(17) 光録03

 〔 質問者 〕人に同情するということは難しいと存じますが実際に同情の気持ちをどの程度に行為に表わすべきでしょうか。

 そう難しくもないですね。同情するったって自分の常識の程度で同情の心を具体的にすればいいんだが。ただその場合判断が必要です。同情はしてもそれを行為に表わしてはいけない場合がある。苦しんでいる人もなにかその人に苦しむ必要があって苦しむことがあります、こんなのはかえって助けてはいけないのです。程度を超えて慈悲をすることも反対になまけ者を作るようになることもある。例えば乞食に金を恵むのはいいことのようだがそうとも限らない。道端で小さな赤ん坊を抱いてる乞食でも中には日当いくらでその赤ん坊を借りてくるのもあるんです。(笑声)だからそういうことも知らなくてはいけない。ただ、片輪とか廃兵は無条件で助けてやるべきです。殊に軍国主義のため強制されて不具になった人なんかは、これは実際かわいそうです。そういう意味で助けたらいいのです。……ま
たもう一つは病人で苦しんでいる人はなにがなんでも助けてやるべきです。私も家の者が苦しいと言えば寝てからでもまた起きてやってやります。
 

〔 質問者 〕御礼金が出せないような場合はいかがでしょうか。

 本当に出せないのならしかたがないが、出せるくせにケチで出さない人もある。これは勿論いけない。

「『御光話録』三号、岡田茂吉全集講話篇第二巻p~」 昭和24年01月28日