〔 質問者 〕無肥料栽培のとき、大豆粕や紫雲英を堆肥の補充として使うことはいかがでしょうか。
これは必要ありませんね。しかし、まあそんなに悪くはありませんがね、同じ植物ですからね。しかし手間がかかるでしょ、よけいな。大豆粕も時と場合によって使ったらいいでしょう。
〔 質問者 〕土の力を生かすのが観音栽培と伺っておりますが、植物に御浄霊するのは現在土に肥毒のある間だけでしょうか。将来肥毒がなくなったときには御浄霊は必要ないでしょうか。
これは無論肥毒のある間は必要ですが、しかし将来もやったほうがいいですよ、霊の曇りってものはなんにでも憑くもんですからね。例えば田圃を売った場合、後になって売り手がその田圃に執着して「ああ惜しかった。あの田は売るんじゃなかった、残念だった」というふうにくやしがると、その想念が田にきますからね。田圃を抵当にしてたために取り上げられた……というような場合はよけいですよ。
〔 質問者 〕将来、国がきれいになれば豊作になると考えてよろしいでしょうか。
無論そうですね。いつも言うように、いま全国的に騒いでる松や杉の虫も日本人の想念が曇ってるからで、その曇りが虫を作ってるんです。これと同じことですよ。
「『御光話録』十三号、岡田茂吉全集講話篇第二巻」 昭和24年07月13日