昭和二十四年八月二十一日 講話(12) 光録11

〔 質問者 〕彼岸の中日に先祖の墓にお参りいたしました際、ちょっと無縁仏にもお参りいたしましたが、帰宅後娘を御浄霊いたしますと、その無縁仏が懸って来まして、毎月二一日にお経を上げてくれと申しました。これはやはり毎月二一日にそこへ行って善言讃詞を上げねばいけないでしょうか。それとも家にいて善言讃詞を上げるだけでよろしいでしょうか。また二一日以外にお墓参りいたしましたとき、その無縁仏にお参りすることはいけませんでしょうか。

 これは一々行かなくても、その方向に向かってその無縁仏にあげる気持ちでやれば、霊にはちゃんと判りますからね、それで結構ですよ。それからいつでも参ったらいいですよ。それだけ功徳を積むことになりますからね。生きた人間を救うのも肝心ですが、死んだ霊を救うのも大いに肝心ですよ。実はそのほうがいっそう肝心ですよ。人間はなかなか理屈なんか言ってて判りませんが、霊のほうはすぐに判りますしね。そして霊は一瞬にしてどこへでも行けますからね。それで人にかかって教えるんです。かかってと言っても神憑りとは違って、そういう気持ちにさせるんですよ。救われた霊が働きかけると、「どうも観音教ってのはいい」なんていう気持ちになってきてね、そのうちに「観音教はいいんだ、とてもいいんだ」っていうふうにさせますからね、霊を救うほうが大きいんですよ。だから、無縁仏にもできるだけお参りしてやったほうがいいんです。

「『御光話録』十一号、岡田茂吉全集講話篇第二巻」 昭和24年08月21日