いまの教育界は、知育の面だけが盛<さか>んであって、徳育とか人間の霊性を向上させ、導き引<ひ>き出してくれる教師<きょうし>は、なかなかないようであります。ですから、これは宗教でするよりしようがありません。そして、信仰家庭となって、神様をお迎<むか>えし、毎日自分から報恩<ほうおん>感謝<かんしゃ>の実行をするということになりますと、子どもは親の感化<かんか>を受け、知らず知らずに信仰がわかってきます。小さいときのこの影響<えいきょう>は大きいもので、神様に無心で手を合わすということ、これが神様に近づく第一歩であります。
真の教育とは、霊的に、また、体的にその人の持っている個性<こせい>を引き出し、伸ばしてやることでありますが、いまは詰め込み教育で、その人の霊性も特性<とくせい>も無視<むし>しております。それを、教えられた人びとはただ就職<しゅうしょく>したり、上の学校へ上がるために、一生懸命学問を鵜呑<うの>みにしているだけですから、学問といってもほんとうのものではありません。このような教育ですから教育されればされるほど、神様というものがわからなくなってしまうのは、あたりまえであります。