美しいものを見るということ、それは、形の美そのものからも感化<かんか>されるでありましょうが、さらに、それを作った人の美しい高い精神に触<ふ>れれば、また大きな感動を得て、品性も高まるということであります。形だけの美は飽<あ>きやすく、見ているうちに興<きょう>がさめるのでありますが、その内面の美に憧れ、大自然の美に憧れて、それを造られた大きな神様の美しさに触れるとき、必ず感動を受けるのであります。真善美の世界、すなわち、美の世界ができるのですから、やがて地上天国になれば、ほんとうに美しい世界となるわけで、形においても美しいが、精神においても美しい世界、これでこそ完<まった>き世界ができるのです。