教祖明主様が説<と>かれました御教えの数々<かずかず>は、最高の真理でありまして、古今<ここん>を貫<つらぬ>き永遠に生き、地上天国建設の基<もと>となるものであることは、いまさら言をまちません。
したがって、御教書<みおしえ>の研鑚<けんさん>が信仰上の重要ポイントであることも、また当然でありましょう。ただその研鑚にあたって、本数信者としてとくに注意せねばならぬことは、「教権」<きょうけん>の所在を忘れないことであります。
教権という言葉は、みだりに使うべきことではありませんが、役員、会長といった教団の要職<ようしょく>にある人々は、教権の所在をしっかりと心に止めて、研鑚にあたっていただきたいと存じます。教団を揺<ゆる>ぎないものにするためには、とくに重要な点と思いまして、特筆した次第です。
教主とは文字通り「教えの主」であって、明主様もご在世中<ざいせいちゅう>は教祖であられると同時に、教主でもあられたわけであります。原典<げんてん>の解釈<かいしゃく>、集成<しゅうせい>、統一<とういつ>、敷衍<ふえん>等、教化の最高指導責任者は、その時代々々の教主であります。
いわば、これは惟神<かんながら>の職権<しょっけん>であって、明主様ご昇天後は霊界から現在の、救世教教主を通じ、ご念願<ねんがん>の地上天国建設をご推進<すいしん>されるのでありまして、その御心は私の胸に映<うつ>り、教化上の大綱<たいこう>は、私を通して指示されるのであります。
このゆえに、本教信徒として御教書研鑚に従事する場合、どこまでも教主教権の下にあって、研鑚させられていることを悟了<ごりょう>されたいのであります。