信仰の道は、実行することによって、いろいろな智慧を授<さず>けられ、予期しないご神徳をいただけるものであります。「究<きゆう>すれば通ず」という言葉がありますが、理屈<りくつ>は簡単でもいざ行なうとなりますと、順調<じゆんちよう>にばかりいくものではありません。行<ゆ>き詰<づ>まっては開け、また、行き詰まっては開けながら、次第に体験を深めていくものであります。この間がいわゆる身魂磨<みたまみが>きでありまして、実行のないところに身魂磨きはあり得ません。
ご奉仕にいたしましても、はじめから自分にはできないと決めてかかっては、なにもなりません。なんとかして、できないながらもさせていただこうと、多少無理をするところに誠があり、誠あれば天のたすけがあるというわけで思わぬ奉仕ができ、これならば大丈夫という自信ができてまいります。