教祖明主様は、じつに比較<ひるい>のない器<うつわ>をもっておられまして、独特<どくとく>の説法<せっぽう>をもって、ときには、小乗<しょうじょう>をお説きになり、また大乗<だいじょう>をもってお導きになり、千変万化<せんぺんばんか>、時と所と時期に応じて相手にわかるよう、言霊の妙<みょう>をつくされておりました。
それの集録<しゅうろく>であるところの御教書<みおしえ>の中には、あるいはちょっと矛盾<むじゅん>したと思われる個所が、ないでもございませんけれども、さらによく、心をひそめて拝読玩味<はいどくがんみ>いたされますならば、そこに言いしれぬ教化の真髄<しんずい>を把握<はあく>されまして、深い深いご神意も、さとらせていただけるのであります。