結婚により完全な人間の働きができる

 夫婦<ふうふ>は、天国ではふたつのものではなく、ひとつのものなのであります。それは、人間の魂の働きを大別してみますと、勇気、智慧、愛、親<した>しみというふうに、皇典古事記<こうてんこじき>では、四魂<しこん>に分けて説かれていますが、大体そのとおりであります。男は勇気と智慧を主にして、愛と親しみを従<じゅう>として備<そな>え、女は反対に愛と親しみを主として、勇気と智慧が従になっているというふうに、がいして、男女反対の取合わせになっているものであります。このために大体において、男は理性的であり、女は情的であるのが普通なのであります。

 そこで、この反対的配合にある身魂の同階級にある男女を、一定の時がきますとひとつに結び合わせ、完全な一個の人間としての働きができるよう、天から配合されるのであります。これが理想的な夫婦であります。

 夫婦を合わすと、はじめて完全な人間一単位としての働きができるのでありまして、一方だけではどうしても何か物足らないものであります。もっとも、偉い人はこのかぎりにあらず、単独<たんどく>でも立派に四魂を活用する場合もありますけれども、多くはいま申しあげたような配合<はいごう>になっているのであります。

 天国では、天人ひとりと数えるときには、必ず夫婦一対を指<さ>すのでありまして、意志想念の一致がありますから、顔、形、姿、声が双児<ふたご>のように、実によく似<に>ているそうであります。地上の人間は、形は親々から譲<ゆず>られるものでありまして、多分に両親の形体的影響を享<う>けるものでありますから、顔形は違っていますが、それでも夫婦をよく見ますと、夫婦は必ずどこか感じが似ているものであります。これは、霊衣<れいい>がいつも触れ合っており、夫の心は妻にかよい、妻の心は夫にかよって、最初に人格の高下はあっても、長い間には高い方へ同化され、向上させられて同じような性情に変化するのであります。

 そして、夫婦の縁を結ぶ役は産土<うぶすな>さまであって、これは高い神界からの許可<きょか>のもとに仲立ちをされるものでありまして、われわれは郷土産土の神、すなわち、土地の神様が、氏子の人事<じんじ>いっさいを神界の命令のもとにお構<かま>いくださる、ということを知っておく必要があります。そして、霊魂の合った夫婦はいま申しましたように、四魂の中のおのおの二魂を主<しゅ>として分与<ぶんよ>されて、別々の家に生まれてき、育てられて、やがて適当<てきとう>の年齢<ねんれい>に達すると、産土さまの計らいによって縁談が調<えんだんととの>い、再び一緒にされるようになっているのであります。この場合には切っても切れない身魂の合った同志の夫婦ができあがるのでありますから、途中で破<やぶ>れる心配はないのでございまして、生涯円満<しょうがいえんまん>にいくのであります。

 けれども、現代は霊線のつながりが非常に乱れていて、身魂の合った同志がうまく合うことが昔より困難になってきております。そして、神聖な結婚を軽々しく取扱い、このため、おうおうにして家庭悲劇を醸<かも>し出すようなことも、しばしばあるのでありまして、これはみな双方の身魂に罪穢<ざいえ>があるからであります。しかし、結ばれるにもまたそれだけの因縁があり、神界の御用があってのことなのであります。ことに、子どものあるというような場合は縁が深いのでありますから、このことを自覚して、互いに愛情をもって歩みより、努力し合って、立派な夫婦愛を培<つちか>っていく以外に、最良の道はないのであります。そして、ともに辛苦<しんく>の末にかち得た夫婦愛というものは、また、恋愛結婚にも劣らぬ美しい夫婦愛を完成するものでありますから、何ごとも忍耐<にんたい>と深い愛情をもって終始すれば、必ずご神徳<しんとく>をいただけるものなのであります。