感謝して最善をつくす

 衣食住業も、神様からいただくのですから、自分がかち得たようですけれどもそうではないのです。この神様からいただいたものをありがたく感謝して、不平<ふへい>を言わないで、その日その日の最善<さいぜん>をつくしていけば、神様がその誠をごらんになられると、さらに上にあげて下さるのです。あがったところにおいて、また、感謝して最善をつくすということをどんどん繰返<くりかえ>すうちに、その人は知らない間に、立派な先生になれるのです。

 日々の実践というものは目につかなくても、これが一年積れば、見事な実を結ぶわけですから、一日々々をそう難<むず>かしく考える必要はないのです。ただ最善をつくして、倦<う>まず撓<たゆ>まず進めばそれでいいのです。