すべてが真釣<まつ>りであるということを表現して、これを感謝して、私どもは月に一回、祭を行なうのです。衣食住という一番根本の徳をいただいておりますが、これを感謝してお三宝にいろいろなものを盛って、差しあげるのです。感謝していても想念だけではだめで、想念を形に現わさなければいけません。形に現わして、はじめて感謝したということになるのです。片方<かたほう>だけではだめなのです。
いままでの世の中は形を疎<おろそ>かにしていました。感謝すればいいと思って、形に出さなかったのですが、それでは真釣り合っていないのです。衣食住をいただいているその衣を感謝して、松の木に紙をのせるあの紙は織物<おりもの>なのです。天国にも衣食住はあるのでして、衣食住をいただくことによって、また、衣食住を捧<ささ>げる。お宮を建<た>てるというのは、住の報恩感謝<ほうおんかんしや>です。玉串<たまぐし>を捧げるのはあの紙が一巻きずつの絹<きぬ>になっているのでして、それを神様が適宜<てきぎ>に必要に応じてお使いになる。また、人にもお分<わ>かちになるので、これが感謝の生活になるのであります。