神様のご意志で惟神に結ばれる

 男は智性が主であり、女は意性(感情)が主であります。真の意味での結婚とは、同じ身魂の智性と意性とが結び合わされることにほかならないのです。人間は夫婦合わせて完全な一体となるように、はじめから造られているのです。ですから、自分の半身<はんしん>は必ずこの地上のどこかに生きているわけであります。自分が成長すると、その半身もどこかで成長して、これがある時期になると、自然のお計らいによって近づけられるのです。恋愛<れんあい>という形もあるし、見合結婚という形もありますが、とにかく、そこに神様のご意志が介在<かいざい>していて、惟神に結ばれるのです。これが同じ身魂の、つまりベターハーフです。ほんとうによき半身が授かるわけです。これがほんとうの結婚なのであります。

 ところが、いまの結婚は間違いが非常に多いのであります。そういうのを待っていないのです。お互いにちょっと気に入ると一緒になって、そして、結婚式を挙げれば夫婦なのだと言っているのですが、それはほんとうの身魂の夫婦ではないのです。また、お金に惹<ひ>かれて金銭結婚をしたり、名誉<めいよ>結婚をする人もあります。もちろん、これもほんとうの結婚ではないから、うまくいくはずがありません。三角関係、四角関係といろいろありますが、この苦しみは人間として一番の苦しみであります。また、どうすることもできないものであります。そういう現象<げんしょう>が起こっているというのは、はじめから筋<すじ>がだんだん乱れていって、違った者が一緒になるから、後はまた残った者が一緒になるというわけで、だんだんどうしようもなくなるのです。ですから、身魂が合って一緒になっているという人は、非常に倖<しあわ>せなのです。そこに幸、不幸の分かれめがあるのです。ですから、神様に結ばれて、心と心の結びが大事であるということをさとって、結婚の相手を探さなければいけないのであります。若い人は大いにこういうことは聞いておいてほしいと思います。

 ほんとうの結婚というのは、夫の智性が妻の感情に溶<と>け合い、妻の感情が夫の智性に溶け合うということによって、ここに完<まった>きひとつの身魂の働きができるのであります。ほんとうの夫婦というものは、完全な一個の人格なのであります。これを天界では天人ひとりと数えるのです。ごく特殊<とくしゅ>な人、たとえば、特別に神様の使命を持った人とか、あるいはとりわけて因縁の深い人の場合は、独身で暮らすこともありますが、たいていの人は一生に一度は結婚の経験を持つということが惟神であります。

 ご神業も夫婦揃<そろ>うのと揃わないのとでは、大変働きが違うのです。さらに一家揃うということであれば、神様は一番お喜びになるし、一家が神様の御用をするということぐらい、世の中に倖せはないのであります。