人間というものは、神様がわからなければなりません。神様がわかれば、感謝報恩<かんしゃほうおん>ということが自然に生まれてきます。きょう一日、生<せい>を受けたことに感謝をすれば、何かをして神様の恩に報<むく>いたいと願うのが、信仰をする人の気持なのでして、では、この報恩はどうすることが、神様に一番喜ばれるかといいますと、人を信仰に導くことです。
ひとりの人をお導きするということは大変なことなのでして、心からその人を救ってあげ、親身になって、その信仰を育ててあげるということは、一代の立派な御用になるのです。ひとりの人間はひとつの世界に相当するのでして、その人には先祖があり、子孫があるというように、大きなつながりをもっているのですから、それが信仰によって救われたら、大変な救いになるのです。ただひとりの人間を救ったと考えますけれども、その世界は永遠のつながりを持っているのでして、その子孫が栄えれば、同時に、自分の先祖も子孫も救われるのであります。
お導きというのは、非常に尊いご神業なのです。この御用をほんとうに成<な>し遂<と>げたならば信仰者としての使命を立派に完<まっと>うしたといえると思います。