肉体を離れて精霊となった祖先は、現界にいる血のつながった子孫によってのみ、自分の苦境を救われるのです。
だから、現界にいる私どもが、生命のあるうちに、高い天国をもつよい宗教団体に入り、神様の恵みによって世のため、人のために善徳<ぜんとく>を積めば、自分自身が向上すると同時に、血のつながっている祖先にもその余波<よは>が行き、祖先もあちらで向上するのです。
まして、神に祀る手続きをとって、神として祖先を祀るとき、待望<たいぼう>の天国に梯子<はしご>のかかったようなもので、登る道がひらかれたのでありますから、祖霊さまが喜ばれるのも当然です。
ただし、手続きをしたからといって、一回のお祀りで直ちに天国にのぼるとはかぎりません。
のぼる資格がないものは、その資格がつくまでそこで修業<しゅぎょう>させられるのですが、修業がすんだ暁<あかつき>には、天国にのぼれるということが改式合祀<かいしきごうし>によって約束されたのでありますから、上がひらいておって明るいのです。
だから、希望をもって修業するわけで、苦しみは苦しみでなく、なかば天国に救われたも同然です。
これで、祖霊祭祀がいかに大切であるかがわかられたと思います。