いつも誰にも親切を旨として

 私は地方へ出ますと、どんな人にでも非常に丁寧<ていねい>に接します。これはあとあとのことも考えますし、たとえ、その人たちが、まだ信仰に入ってはいなくても、やがて神様のお道へ入るようにもなり、いわば未来<みらい>の信者のようなものでありますから、別に分<わ>け隔<へだ>てすることなく、むしろ、信仰のない人ほど、私はなるべく話をして丁寧に扱<あつか>うのです。そして、お世話<せわ>になれば物質的<ぶつしつてき>にも、できるだけのことはしてまいります。

 みなさまも地方へはよくいかれますでしょう。そのときは本教のレッテルを貼<は>っていかれるのですから、どんな知らない土地へいきましても、さすがに救世教の人はどこか違っているといわれるようにしたいと思います。それがまた、どれだけお道の宣伝<せんでん>になるかしれません。ですから、地方へいったときには、旅<たび>であるからといって気持を許<ゆる>さずに、礼節<れいせつ>を失わないように、あとに美しいものを残してきたいものです。あとで先生方が回ったときに、また、光を受けて仕事<しごと>がやりいいように、いつも心がけるべきだと思います。むろんみなさまは、そうしていらっしゃると思いますが、どうか、そういう気持で、門外漢の方はことに懇切丁寧<こんせつていねい>に、扱っていただきとう存じます。