世間的にいっても、善<よ>いことをすれば人から褒められ、酬<むく>いを受けますが、それは普通の酬われ方であります。ところが、神様のお仕組に奉仕して酬われるのは、じつに、万倍<まんばい>の酬われ方をするのです。べつに万倍酬われたいという欲のためにするのではありませんが、神様がそういうようにお誓<ちか>いくださっているのです。
そして、万一<まんいち>神様の道のために御用して、人からあざけられたり、迫害<はくがい>を受けたりしましても、信仰を落とさずに、試練<しれん>として忍耐<にんたい>したものには、末代までの神様の宝として、末を結構にしてやると言っておられるのです。何から何までじつに行届<ゆきとど>いているのが、神様の御心です。