元来仏教は、小乗が本来である事は、以前私はかいた事があるが、小乗である仏教の中にも、大乗と小乗のある事を知っておかねばならないのである。これを判りやすく言えば、小乗は自力本位であり、大乗は他力本位であると思えばいい。そうして仏教中禅宗と日蓮宗は小乗であって、その他はことごとく大乗である事で、ここではまず小乗から解説してみるが、これは自力であるから、どこまでも難行苦行を修行の第一義としている。というのはこの考え方は、その根本がバラモン宗から出ている為である。ことにかの禅宗に至っては、最もこの行り方が濃厚に表われている。
さきにも詳しく説いたごとく、釈尊によって主唱された仏教精神は、バラモン式難行苦行は誤りであるとし、それに代るに経文を唱える事によって、悟りを得るという言わば経文宗教ともいうべきもので、ある期間インド全体を風靡した事は人の知るところであるが、その勢いに対してもそれに従う事なく、依然としてバラモン宗を奉ずる一団があった。もちろん信念はすこぶる固く、相変らず禁欲的難行苦行の道を歩み続けて来たのはもちろんで、その信仰の的としてはかの達磨であった。そうして達磨思想の真髄としては、苦行の外に学問であって、この両道によって悟道に入るべく、錬磨研鑽したのである。
ところが釈尊入滅御数十年を経てから、バラモン宗の行者の中に、傑出した一人物が現われた。これがかの有名な維摩(ゆいま)居士である。この維摩こそ禅宗の開祖であって、この本流がかの臨済禅である。ところが彼は業成るや、インドを捨ててシナ内地に移り、布教の為各地を巡跡し、最後に至って有名な五台山に登って道場を開き、道教の祖となったのである。その様な訳であるから本当からいえば、禅宗は仏教から出たものではなく、日本に入ってから仏教化したものであろうし、そうしなければ布教上にも困難があったからでもあろう。この意味において禅宗の寺院も修行法も、僧侶の日常生活等も他宗とは大いに異っているにみても分るのである。かの禅宗のみに行われる坐禅の行も、開祖の達磨の修行にのっとったものであるのは言うまでもない。又問答を修行の第一義としているが、これも他の仏教とは異ったもので、学問から生れたからに違いない。それらについても肯かれる事は、シナ日本における古来からの禅僧である。彼等の中、学高き者は漢詩のごときものを作るが、これには禅の悟りを含めたような、言わば漢詩禅ともいうべき詩文を作り、さかんに書いたらしい。今日これ等の書や大字など相当残っているが、好事家から非常に珍重され、価格も高いが、静かに観ると実に脱俗的匂いは人の心に迫り、よく筆者の人格を表わしていて、実に頭の下る思いがする。その中でも有名な彼の『碧厳録』の作者圜悟(えんご)禅師のごときはシナ随一とされている。
日本における禅宗の開祖は、京都大徳寺の開山大燈国師であるが、この人も当時から傑出した僧で、その文といい書体といい、まず日本一と言ってよかろう。次は鎌倉円覚寺の開祖無学禅師であるが、私はこの人の書は殊に好きである。この様に見て来ると、禅宗の高僧は僧侶よりもむしろ宗教学者といった方がいい位である。そうして今日日本の禅宗は曹洞宗、臨済宗、黄檗(おうばく)宗の三派となっているが、黄檗宗は微々たるもので、これはシナの方がさかんだという事である。禅宗の方はこの位にしておいて、次は日蓮宗をかいてみよう。
日蓮宗はもちろん小乗仏教であって、難行苦行による自力本位であるから、他宗のごとく釈迦や阿弥陀には余り重きを置かないようで、只一途に開祖日蓮上人を中心に拝み、苦行によって自力を強めようと修行するのは人のよく知るところである。すなわちこれ等によってみるとこの宗は釈尊の仏教を通り越して、バラモンの流れを汲んだものといってもいい位である。上人が「吾は法華経の行者なり」と言われたが、この行者の言葉もバラモンから出ているのである。といって上人は釈尊の経文にも大いに重きを置いている。法華経二十八品を同宗の基礎とした事によってみても分るが、言わば上人は精神はバラモンに従い、形体は釈尊に学んだといってもよかろう。そうしてこの宗は最も霊憑りを奨励し、修行の第一義としているが、これも仏教的ではなくバラモン的である。