御教えと拝読

御教えの研鑚にあたって

 教祖明主様が説かれました御教えの数々は、最高の真理でありまして、古今を貫き永遠に生き、地上天国建設の基となるものであることは、いまさら言をまちません。  したがって、御教書の研鑚が信仰上の重要ポイントであることも、また …

御教えは素直にそのままいただく

 教会、支部などで、御教書研鑚ということをやっておりますが、これは、たいへん結構です。しかし、研鑚という名前に紛らわれまして、教義的に研鑚をするというふうに、取っていられる人もあるようですが、そうではありません。  教義 …

心をひそめて拝読すればご神意がさとれる

 教祖明主様は、じつに比較のない器をもっておられまして、独特の説法をもって、ときには、小乗をお説きになり、また大乗をもってお導きになり、千変万化、時と所と時期に応じて相手にわかるよう、言霊の妙をつくされておりました。   …

御教えは正しく理解し消化する

 御教書の拝読にいたしましても、それに依存するというのではなくて、正しく理解し、消化して、そこから自在の働きを生み出していくように、ならなければいけないと思います。これを鵜呑みにすることは、初心者にはいいのですが、教帥と …

御教えの精髄をさとる

 御教書を拝読いたしますと、明主様は大乗的に、または小乗的に、その場その場に応じて、未熟な人にも咀嚼しやすく、霊魂の糧となる御教えを、与えておられるのでありまして、ときには、釈尊のように方便もお使いになるのであります。し …

御教えは魂の食物

 浄霊によって曇りを拭っていただいた霊魂へ、その霊魂の食物である御教えをいただかせて、霊界の真相を伝え、人生の真の目的を知ってもらうということは、霊肉一致、完全無欠な人間となるには、欠くことのできない重要条件であります。 …

御教えは白紙の心で

 御教書拝読も、字句に囚われておるうちは、まだ信仰が浅いので〃読書百遍意自ら通ず〃と古人も言いましたように、まず白紙の心になって、拝読することが肝心でして、そのうちに、おいおいと身魂に力がついてきて、ほんとうのことがわか …

御教えはご奉仕生活の上に役立てる

 本教は進取的な大乗宗教でありますから、私たちはご神業奉仕に、日々新たに進んでいかねばならないのであります。それはちょうど、この大自然が一分一秒の休みもなく進展しておるように、ご神業もまた、進みに進んでおるのでありますか …

物識りになるための拝読は意味がない

 耳から目からの浄霊として、御教書の拝読は必要ですが、さりとて、御教書をよく読んで、よく知っているだけでは、それは信仰ではありません。ただ知っているというのにすぎないのです。  行なうことによって、はじめて信仰が生きるの …

御教えは霊、行ないは体

 本教の信仰は、信仰理論から入っていき、ある程度信仰が高まった後に、救済のお仕事にかかろうなどと考えるよりも、ます奉仕、もしくは浄霊からはじめるのが近道です。なぜならば、祈りと実行の中にこそ、さとりがひらき得られるからで …