書籍

永遠の幸福をつかむために

 人間は、どうしても正しい信仰の道に入り、世のため人のためにも、できるだけ余力をさいて、幸福の土台となる善行を積んでおかなければ、とうてい永遠の幸福は望めないのであります。そして、善行をするにも根本となるのは心でありまし …

真の安心立命

 神さまがわかるのに、理論がなければ駄目だという人、また神さまはどうもわからないとたいへんむつかしく首をひねって考える人がありますが、神さまは、信仰という生活を通して、神さまの方からわからしてくださるもので、体験を積んで …

失敗しても立直れる

 信仰は、概して人間の肚をつくり、知識は頭をつくるものです。霊を無視して知識と力のみに頼る人びとは、ものごとがうまくいったときはまことによろしいが、一朝にしてつまづくときは、いままでの自信もどこへやら、たちまち自暴自棄と …

人間性(道義心)を取戻す

 現代は科学至上時代で、人びとは、この科学をもって無上のものとし、謳歌しておりますが、科学というものは、物質が元であり、人智じんち>でありますから、いかほど科学が進歩しても、そこからは人間にいちばん大切な道義心は、けっし …

磐石の信念をうる

 自力的信念と信仰的信念とでは、あまり差違なきようですが、いざというときになると、天地ほどの差違が生ずるのであります。自力的信念とは、もともと自己の学問や体験から築きあげた自製の信念でありますがゆえに、順調なあいだは大き …

信仰のない生活は空虚

 人間は、たとえ二十代の若さでなくなりましても、その人が真の信仰を得たとか、後世に残るような仕事をなし遂げて逝ったとしたならば、その人は、けっして短命に終ったのではないのです。反対にたとえ九十、百まで長生きしたとて、肝心 …

無為にして化す

 一軒の家のうちでも、両親にしっかりした信仰があれば、子供や孫にいたるまで神のご守護を受け、両親の感化と相俟って、しらずしらずのうちに信仰心が芽生え、培われていくもので、やがてそれらが学校へ行くようになって無神思想を植え …

中道を正しく歩むために

 人間は、神と獣の中間に介在しておるもので、ともすれば体欲にかられ、獣性に偏ろうとするものでありますから、中道を正しく歩むには、どうしても宗教が必要であり、正しき信仰が必要なのであります。

人は神によって生かされている

 私どもは、祖先(おや)あってこそ今日こうして生かされているのでありますから、祖先への感謝は人として当然なことですが、さらにまた祖先から祖先へとたずねていきますと、これは神代の神々さまに連なっております。またさらに本源へ …

納得のいく信仰

 信仰は、たとえ他人からすすめられても、自分の方にも受入れようとする意欲がないかぎり、予期した効果はあがらぬものです。万一義理や、情実で入信したとしても、そんな信仰は一朝困難にぶつかれば、動揺してたちまちはげおちてしまい …