信仰の極致は神様とともに働く
人間の使命は何かといいますと、神様に代わって、神様の心のままの理想を、この地上に顕現することであります。これは宗教を通じ、また、正しい思想を通じて、天地からお示しになっておられますが、いまの人はもうすでに、神様はないも …
感謝ー奉仕ー感謝
道を知ることは、行ずる始めでありますから、まず第一に大切であります。しかし、知っただけではなんにもならないのでして、要は、実践にあるのです。 それでは常に瑞々しい奉仕、実践活動は何からくるかと申せば、これは、神様のご恩 …
感謝は想念だけにとどめてならない
すべてが真釣りであるということを表現して、これを感謝して、私どもは月に一回、祭を行なうのです。衣食住という一番根本の徳をいただいておりますが、これを感謝してお三宝にいろいろなものを盛って、差しあげるのです。感謝していて …
感謝は行動で現わす
神様のご恩寵に対する感謝があれば、必ず感謝の行動となって現われねばならぬものです。したがって、信仰者に奉仕はつきものでして、奉仕することによって、さらにより深く、より高い信仰に導かれ、しらずしらずに善徳を積むことになり …
感謝して最善をつくす
衣食住業も、神様からいただくのですから、自分がかち得たようですけれどもそうではないのです。この神様からいただいたものをありがたく感謝して、不平を言わないで、その日その日の最善をつくしていけば、神様がその誠をごらんになら …
恩寵は、感謝と奉仕の循環によっていただく
人間は、神様の御用のために生まれてきたのですから、ご奉仕そのものにすでに意義があるのです。健康で働かせていただくということが、すでにご神徳なのですから、そのうえに、まだたくさんの報酬をいただくということになれば、ありが …
信仰向上の目安は
信仰の向上は御用なくしては得られないのです。ただ理屈をいっていたのでほ、信仰はサッパリ向上していきません。御用こそ信仰のすべてであります。これを拡大しますと、人生そのものは、神様のご経綸の御用をすることであると思います …
一粒万倍の酬い
世間的にいっても、善いことをすれば人から褒められ、酬いを受けますが、それは普通の酬われ方であります。ところが、神様のお仕組に奉仕して酬われるのは、じつに、万倍の酬われ方をするのです。べつに万倍酬われたいという欲のために …
まことあれば御守護はある
信仰の道は、実行することによって、いろいろな智慧を授けられ、予期しないご神徳をいただけるものであります。「究すれば通ず」という言葉がありますが、理屈は簡単でもいざ行なうとなりますと、順調にばかりいくものではありません。 …
真心をささげる
神様へのご献金は、真心をささげるものですから、いくらいくらと額を決めることは無理な話で、一応これこれの費用がかかるからという、大体の目安はありましょうが、どこも同じということは無理なことであります。また、だれそれさんが …