御教えは白紙の心で
御教書拝読も、字句に囚われておるうちは、まだ信仰が浅いので〃読書百遍意自ら通ず〃と古人も言いましたように、まず白紙の心になって、拝読することが肝心でして、そのうちに、おいおいと身魂に力がついてきて、ほんとうのことがわか …
御教えはご奉仕生活の上に役立てる
本教は進取的な大乗宗教でありますから、私たちはご神業奉仕に、日々新たに進んでいかねばならないのであります。それはちょうど、この大自然が一分一秒の休みもなく進展しておるように、ご神業もまた、進みに進んでおるのでありますか …
物識りになるための拝読は意味がない
耳から目からの浄霊として、御教書の拝読は必要ですが、さりとて、御教書をよく読んで、よく知っているだけでは、それは信仰ではありません。ただ知っているというのにすぎないのです。 行なうことによって、はじめて信仰が生きるの …
御教えは霊、行ないは体
本教の信仰は、信仰理論から入っていき、ある程度信仰が高まった後に、救済のお仕事にかかろうなどと考えるよりも、ます奉仕、もしくは浄霊からはじめるのが近道です。なぜならば、祈りと実行の中にこそ、さとりがひらき得られるからで …
御教えは実践の目安
順調にいっているときは、誰しも信仰堅固な教師、信者に見えますが、一朝困難に出遭うと信仰の差異がはっきりわかるものです。すぐ小言が出たり、弱音をあげるのは信仰の基礎が浅いからです。だから、布教や浄霊体験は大切です。御教書 …
世の中を救うことは世の中を浄めること
いまは無神無霊魂の人が非常に多いのですが、やがて、最後には必ず世界中が見えざる神様を信じ、神様に祈る日が来るということは、神様の啓示によって明らかに出ております。 もちろん、そうなる前にはひとつの大洗濯があるのです。 …
浄霊活動は本教の眼目
人類はいま、神様の心にかえるべき時、世の立つか立たぬかの境目、善悪の曲り角に来てると申しても過言ではありません。しかも、グズグズしていれば何が起こるかもしれぬので、人心のお浄めは、もっとも急を要するのであり、浄霊こそは …
浄霊活動は基礎的仕事
人心が悪化したままで科学を使えば、世の中は悪開きに開けて、それですむなら結構ですが、ついには、われとわが手で、地上人類を破壊するにいたるのは、火を見るよりも明らかであります。そこで、いまのところ人間精神の向上ということ …
他人のため、世界のための浄霊活動
みなさまは、〝自分はどうして選ばれてこのお道に入ったのか〃と思われるでしょうが、これはみな神様とご緑があってのことなので、明王様を中心として、私どもが、この神様の御用に使っていただいているのです。 この世がまさに亡び …
浄霊活動は焦眉の急の業
私どもが日々浄霊を励んでいますのは、地上天国を造るためでありますが、この地上天国とは、病、貧、争のない世界を造ること、また、貧富の差の少ない世界にすることでありまして、当然社会制度もこれからは変わっていかなければなりま …