事実によって示す

 最近、霊界にいろんな変わった事が大分出てきたのです。というのは、霊界が昼間になるについて、霊が慌て出したのです。だんだん救世教というものが、はっきり分かって来たので、自分達が救われたい事と、それから働かしてもらいたいという事で、いろんな方法をもって、私に頼むのです。そうして因縁の人の霊に憑って、話しをしたり、いろいろするのです。それで最近、信者さんの中の、若い女性に、いろんな霊が憑って知らしたわけです。この間は、現界で活躍している人達、モロトフとか、アイゼンハウアーとか、毛沢東とか、ネールとか、いろいろありますが、そういう霊が憑って、私に、罪を御詫びしたり、今後のお手伝い、それに対する念願とか、そういう事があったので、現界の人達の分は、今度の「地上天国」に全部乗せましたから、読めば分かります。実に詳しく書いてあります。その後にあった事は、非常に面白いし、しかも重要な事ですから、今それを読ませます。

 (御報告)

 この中にある「明主」というのは、つまり私の代理なのです。それで私の代理になって仕事をする。私の部下の神様が、幾人か居るのです。それで何かの重要な事に、私として出るのです。ですから、私と思って差し支えないわけです。それから天理教の教祖の事は、いつか話しをした事がありますが、静岡県の留置所に居る時に、いろんな霊を呼んで、いろいろ話しをした時に、天理教の教祖とも話しをしたのです。それで″救ってくれ″、″宜しい″と言った、その事を言っているのです。

 こういうような具合です。ですから私に居る神様は、一番最高なのです。ですから私は、神様を拝んだことはないと、前にも言った事がありますが、私より上の神様は無いのだから、別に拝む神様は無いわけです。それで私は拝まないわけです。

 けれども、こういう事が、時節によって。はっきり出て来るので、私は自分で″オレは救世主だ″とか、そういう事は言いたくないのです。

 つまり事実で見せる。事実によって″なるほど″力と結果において″そうだ″という事を分かって、それが本当なのです。

 それについて、御祭の前の日の二十二日に、私の直接の仕事をしている男の、若い妻君で、去年頭が少し変だったので、私かすっかり治してやったのです。しかしまだ少し残りがあって、頸の廻りに固まりがあるので、時々来いと言って、月に二、三回ぐらいやっているのです。

 そこで二十二日の日に、浄霊しようとすると、ボロボロ涙をこぼして泣き出して、後から後から涙が出て、なかなか口がきけないのです。しばらくたってから聞いてみると、キリストなのです。

 それでキリストが、長い間非常に苦しんでいたのが、その婦人に憑っていて、浄霊してもらったので治ったのです。つまり磔(はりつけ)になった時の傷の悩みなのです。それがすっかり治ったので、非常に有難いと言って、つまり嬉し涙です。

 更に、自分のもっとも懐かしい、″天の父様″に御目にかかれたという事は、これほど嬉しい事はないという、この二つの嬉し涙で、それが出たわけです。そうしてみると、あれほどの人でも、そういった一つの肉体の障害を治されなかったわけです。そういうわけですから、これから外国において、キリストも大活躍されると思います。

 これは信者の人はよく分かるが、キリスト教信者とか、仏教信者が聞いたら、狐につままれたように思うだろうと思います。自分の拝んでいた目標が、そんなようなわけかと思うだろうと思います。しかしこれは直ぐ分かるわけです。

 何故と言えば、今までのキリスト、釈迦、マホメット等は、こうやって(手をかぎして)病気を治す事ができなかったですし、しかも、こうやって病気を治す人を、作れなかったのですから、そこにおいて、力において想像できるわけです。

 それで私は、自分自身ああこうと、ドエライ事は言いたくないですから、言わないのですが、だんだん時節に応じて、そういう事が証拠立てられ、分からないわけにはゆかなくなって来るのです。

「御教え集第32号」 昭和29年3月27日

御教え集