惣菜の味

 岡田さんの人柄というものは、非常に魅力がありました。
私は文士ですから、いろいろの人間に接して、いろいろ人間を見抜く目をもっていると自負していますが、岡田さんは、非常に人をひきつけるところのある人物だと思いました。

 よく高い地位にある人で、全くの俗物であったりする人がありますが、岡田さんはそういうところはなかった人です。

 この俗物という言葉は、悪い意味の俗物を言ったもので、いい意味の俗物性まで私は否定しようとは思っていませんが、岡田さんは、この点でも飾り気がなく、人と人との接触にあからさまな態度を出して来る人ですが、決して俗物ではなく、非常に親近感を与えるというのでもなく、何かこう、ひとつの力──宗教を作り上げてゆく上に欠くことの出来ないひとつの力──というものを、身につけられたのだなあ……と思います。

 そのころ、たしか昭和二十八年ですが、私は体を悪くして箱根の仙石原で静養していました。その時に、岡田さんに初めてお目にかかったのです。

 最初は新興宗教を一代にして作った人という感じから、ややもすると一種の偏見をもっていなかったわけではありませんが、従って、岡田さんに会わなくてもいいと思っていたのですが、お目にかかったら、ザックバランの──いや、そういう言葉ともちがう、なんと言ったらいいか、自分の価値以上に見せようとする人でないと感じました。虚勢を張る人でないんです。

 世間にはよく、新興宗教の教祖というイメージを、うまく作って、人に見せようとする人があるものですが、岡田さんにはそういうところがない。自分の価値以上の印象を与えようと、気張っているようなところがないんです。

 そこがちょっと違うと思いました。地でもってやっていられる人だなあ……という感じがしました。

 そして、その後も二、三度お会いしました。私流に感心して、といっては失礼ですが、何かこう自然な、普通にしていられるところが気に入って、それからも、お会いしたのですが、そういうところで人の心を捕えることができたのでしょう。

 宗教というものを考える時、私どもはよく偽善的な、わざとポーズを作っている人というようなものを考えがちなのですが、岡田さんがそういう人でないことが、私にいいものを与えたと言ったらいいでしょう。

 私は箱根の日光殿に信者が集まっているのを見たことがありますが、庶民の集まりといった光景で、渋い感じはしましたが、どこか平和で、なごやかな感じを与えられました。

 生きてゆくということでは、断乎たるところがなくてはなりませんが、やはり平和(いま、流行の言葉なので、ちょっといやですが……)なものが流れていないのはいやだと思います。この点、信者の集まりを見て、私はほんとうにいい感じを持ちました。私は救世教と特別の関係があるわけではありませんから、お世辞を言う必要はありません。いやなら、はっきりいやといいます。

 岡田さんは蒔絵をやられたと聞いているのですが、私は岡田さんが美術の鑑賞という点で、優れた目をもっていられたというようなことでなく、ひとつのものを懸命に究めることによって、出来上がるものをシソカリ持っていられたと思います。

 それは靴屋が、靴を懸命に研究し、作るあいだに出来上がるもの──だれでも人間が“職人的”に一生懸命にやってゆく、抽象的でなく具体的に何かをやってゆく──そういう道の中で出来上がってゆくものを持っていられたんです。

 これは狭い道のようですが、それを通して、実は広い道につながっているもので、岡田さんという方も、そういう人だろうと思います。

 人生の幸福とか、人間の生活の問題などというものは、哲学をやったり、深い教養を身につけなければわからないといったものでなく、人が真剣に生きてゆく、生きてゆきながら体得するものによって、だんだんわかってくるものだと思うのです。たとえば、畳屋なら畳屋、左官なら左官の道です。岡田さんもそういう人だと考えます。

 岡田さんは、蒔絵という道を通して、そういう狭い道を通して広い大きな道へ出た──そういう道を拓いた人だと思います。

 金を儲けたいから蒔絵を作るのではなく、ただ、いい蒔絵が作りたいから作る──そうやって一心不乱にやっている生活の中で、ある時ふと光がさして来る……それを把握して、その智慧で大きく宗教への道へ出られたのでしょう。

 まあ、岡田さんのお人柄をひとことで言えば、山海の珍味といったご馳走ではないが、栄養があって、いつまでも飽きない日常的な惣菜の味──そういう味をもった人だと思っています。