キーワード:「大黒天」

乾坤山・日本寺

 本尊は行基の作った薬師瑠璃光如来〈やくしるりこうによらい〉、そのほか慈覚大師作の千手十一面観音、弘法大師作の開運大黒天等々があわせ安置されている。かつては七万余坪(約二三万平方メートル)の境内に、七つの堂宇、一二の寺院、一〇〇を数える宿坊(僧侶の住居)を完備した大伽藍であった。良弁、弘法、慈覚らの名僧・智識(仏道の指導者)が相次いで、ここに留錫〈りゆうしやく〉(行脚〈あんぎや〉中の憎が、寺院にしばらくとどまることしたことのある、わが国屈指の古道場とされている所である。

昭和二十三年二月八日御講話(3) 光録(補)

 いままでは地がなかったんですから……結婚や葬式の形式も作りたいと思ってます。身体がすっかりよくなったらそういうのを作りたい。……出雲の神様は営業がうまいですね。大国主命と大黒天とは縁もなにもない。

昭和二十四年三月一日 講話(17)  地天03 「妙智之光」 

 大黒天についてははっきりしていないがインド人には違いない。出雲大社では大国主命を大黒天と称しているが、これは昔営業政策から流説したものであろう。大国主命は素盞鳴尊の長男で大黒天とは関係がない。伝説によると、神代において天照大神が日本を統合なされたとき、インドから渡って来た豪傑があって大神になにかに使ってもらいたいと言うたところ、まことに無愛想な顔なので大神は「そんな顔ではとても使えない、もっと優しい顔にならなくてはいけない」と申されたので、それからはニコニコ笑顔になったので使われることとなり、金銀財宝を扱う役をおおせつかったということで、すなわち現代で言えば大蔵大臣である。これはおもしろい伝説だと思う。

 これについておもしろい話がある。以前私が宗教人となった最初のころ毎月赤字が続いたことがあった。するとある銀行員が大黒天像を持ってきてくれたのでそれを飾ったところ、その月以来黒字が続くようになったので、私は興味を持ち大黒天像を集め、一時は五〇くらいもあったが懇望されるまま人に与えたのでいまはほとんどない。その後特別大きい大黒様が手に入ってからは予想外に金が入るようになったのである。

昭和二十四年六月十日 実生News 六月 (8)

 明神は最初は偉い神様に付した名称であるが、いまはだんだんめちゃくちゃの神様にもつけるようになった。これが世の乱れの元で霊界のこの混乱が現世にうつり、下位のものが上になり僭上の沙汰だらけ、それが今度の終戦で追放など処理されているわけである。天神、天王も尊称であって、菅原道真などを天神などというは本当は間違っているが、道真の死の際の執着が龍神となって祟るので、馬鹿にていねいに天神とつけたのである。天王などは仏名で、大黒天、弁財天、愛染明王、孔雀明王等々いろいろあるが、別に神格についてははっきりしていない。

昭和二十五年四月八日 『御光話録』十九号(1)

〔 質問者 〕信者の家に御奉斎してある大黒様にお祈りする場合「五六七大黒天守り給へ幸倍賜へ」と奏上してよろしいでしょうか。

 さあ、その大黒様が「五六七大黒天」っていう名前ならいいけれども……ふつうは大黒天神だけでいいですね。

〔 質問者 〕では、「大黒天神守り給へ幸倍賜へ」と申し上げればよろしいのでしょうか。

 そう……大黒天様がいいですね、神はつけないでいいですね。

昭和二十六年五月二十日 『教えの光』(宗教、科学、哲学、芸術)(24)

 大黒天についてははっきりしていないが、インド人には違いない。出雲大社では大国主命を大黒天と称しているが、これは昔営業政策から流説したものであろう。大国主命は素盞嗚尊の長男で大黒天とは関係がない。伝説によると、神代において天照大神が日本を統治なされたとき、インドから渡ってきた豪傑があって、大神になにかに使ってもらいたいと言うたところ、まことに無愛想な顔なので大神は「そんな顔ではとても使えない。もっと優しい顔にならなくてはいけない」と申されたので、それからはニコニコ笑顔になったので使われることとなり、金銀財宝を扱う役をおおせつかったということで、すなわち現代で言えば大蔵大臣である。これはおもしろい伝説だと思う。

 これについておもしろい話がある。以前私が宗教人となった最初のころ毎月赤字が続いたことがあった。するとある銀行員が大黒天像を持ってきてくれたのでそれを飾ったところ、その月以来黒字が続くようになったので、私は興味を持ち大黒天像を集め、一時は五〇くらいもあったが懇望されるまま人に与えたので、いまはほとんどない。その後特別大きい大黒様が手に入ってからは予想外に金が入るようになったのである。

昭和二十六年二月二十五日 地天21 「教えの光」(8)

 なにか「大黒天神守り給へ幸倍賜へ」とお唱え申し上げたく、またわが家の姓名をつけて〇〇大黒天神と申し上げたいような気がいたします。また御饌供は月並祭のときだけでよろしゅうございましょうか、お伺い申し上げます。