『御垂示録』二十六号 昭和二十八年十一月一日(5)
〔 質問者 〕キリスト教の各宗派が分裂するのに、カトリックだけは信仰を深く持ってますが、これは機構によるものでしょうか、教義に理由があるものでございましょうか。
【 明主様 】理由がないこともないが、あれは正統だからです。キリストが中心になっているのです。ほかはみんな枝なのです。 ローマのヴァチカンがキリスト教の本部というわけです。それで伝統的にとにかくあそこが、ちょうどマホメット教ならメッカというわけで、それが一つの伝統の本拠だからで、そういうわけです。
『御垂示録』二十六号 昭和二十八年十一月一日(8)
【 明主様 】仏法はなくなったのです。しかし仏界はあるのです。だからこっちでできるまでは居所がなくてはならないのです。そこでいまはまだ必要なのです。それからもう一つは、いままでお寺ならお寺でやってお寺参りにも行っていた者が止めてしまうということは、救世教が誤解されるのです。ですからいままでどおりやっていたほうが世間体もよいし、坊さんも喜びます。いままでどおりにしているほうがよいです。私もお寺には付け届けをするし、いままでどおりにやってますが、やはり喜びます。キリスト教などでは日曜に教会堂に行っても差し支えありません。そうするとキリスト教の牧師も、救世教は非常によい、信者をとることはないからと好感を持ちますから、それがよいのです。救世教は酷い、信者をみんなとってしまうということになると、その恨みの想念が多少の煩<わずら>いになります。そういうものが救世教の敵ではないので、みんなこっちが抱擁しているものの中にあるのですから、良くしてやっておいたほうがよいです。キリスト教も仏教も、あらゆるものが救世教の中にあるのですから、それをやっつけたり叩いたりするということは、やっぱり自分の中にあるものをやるということはないです。やっぱり眷族というように思っていればよいのです。
垂録27 昭和二十八年十二月一日(20)
私が筆で「光」という字を書くが、それを懐に入れるとキリストと同じような奇蹟ができるのだから、そうするとキリストの値打ちというものはどのくらいかということが分かります。ですから本当言うと釈迦でもキリストでも、やっと私の小僧ぐらいなものです。しかしそう書くと先では疑って、信用しなくなるから書かないようにしてますが、本当のことが分かったらたいへんです。第一、熱海の地上天国は、何万年も前から石とか地形とかを準備してあるのですから、そうしてみると私がする仕事は偉大なもので、想像もつかないものです。私自身がそう思っているのです。神秘幽玄なものです。まだ口に出さない、いろいろなことがありますが、とにかく驚くべきものです。だから神様が、間違ったことや悪人や善人を作っていろいろやっているが、それはそういうことをしなければ進歩しないから、そのためにやっているのです。それでお釈迦さんが「一切空」ということを言ったのは真理です。そういう点においてはさすがに達見です。あの時代によくああいうことを言ったものです。
教集18 昭和二十八年一月一日(5)
それから『アメリカを救う』の本も、日本文のほうはできあがって今月から売りだすことになってます。英文のほうは来月か再来月にはできるでしょう。それとともに樋口さんが近くハワイとアメリカに行く予定ですが、最初はたぷんハワイのホノルルでしょう。それからアメリカはロサンゼルスに本拠をかまえていよいよ外国の活動にうつるわけです。しかし外国と言いましてもアメリカあたりは本願寺とか天理教、生長の家という宗教団体で支部を何ヵ所もつくって信者もそうとういます。ところが私のほうはそういうのとはぜんぜん違います。ほかの宗教は日本人の移民が目的になっているのです。だから外人はごく少ないのです。このごろはアメリカあたりで仏教信者がだいぶできつつあるようですが、これはキリスト教に満足しないで、なにかを信仰したい、なにかの宗教を研究したい、という人が、キリスト教ではおもしろくないという人が求めて、求めるとすればやはり仏教ですから、それを研究するかたわら……信ずるという人はごく少ないのですが……そうとうあるにはあるようです。ところが私のほうはそういったような意味とはぜんぜん違って、本当に救世主<メシヤ>的の大救済なのです。そういうように外国の、アメリカならアメリカ人を救うのが目的です。ですから将来あっちで英文『栄光』を発行しようと思ってます。それから英文『地上天国』というものを作ってあっちの人に大いに読ませようという計画です。これは二十八年という数字と関係があるのです。さっきも言ったとおり霊体を結ぶということは、霊が日本で体がアメリカです。それを結び、そうして開くという二十八の意味が、そういう計画にもなってます。それでアメリカで評判になるとか、そうとう注目されるようになればしめたものです。そうすると日本人が非常に早く救われるのです。もしも日本人がアメリカに行って「君の国では救世教というたいした宗教ができたが、あれはどういうものか」という質問をされますから、日本人でアメリカに行くには、少なくともだいたい救世教のことを知っておかなければならない、というようなことになるだろうと思います。そうして、アメリカでそうとう問題になれば、日本人を救うのに大いに力になるのです。それはどうせ神様がうまくやられますから、とにかく今年から非常に発展するばかりか、いろんな方面がおもしろくなります。神様の計画はまだいろいろありますが、やっぱり時期ですから時期に応じてそれが出てきます。また時期に応じてその都度お話をし、発表します。今年からはそのつもりで大いに楽しみにしてもらいたいと思います。
教集18 昭和二十八年一月二日(5)
それで今年の『栄光』の「正月号」に「世界夢物語」というのを書いておきましたが、あれはだいたいの漠とした見当ぐらいのところを書いてあるのです。それであれがいろいろに変化しますが、だいたいはあの線をいくのです。あれは中途までしか書いてありませんが、あの中途までは常識で考えてもあのくらいのことは分かるわけですが、あれから先が非常に神秘なのです。これははっきり書くことはできませんが、ただこれだけは言ってもいいと思うことは、いつも言うとおり今度の御神業は破壊と建設です。つまり最後の審判とか天国というのは、破壊と建設が同時に行なわれるということを、私は前から言ってます。それで「世界夢物語」は、その破壊の順序を書いたのです。そうするとその破壊というものは建設のほうと一緒になるのです。建設されただけは破壊されていくと言ってもいいのです。というのは建設というのは日が昇ることです。光が強くなることです。それで強くなるだけは闇のほうがそれだけ消えていくのです。そうするといままでの文化というのは闇の文化ですが、それが消えていくのです。そうするとその建設の雛型が箱根と熱海になります。箱根は霊界のほうで熱海は現界のほうになります。日は霊界、水は現界です。そうすると熱海のメシヤ会館が建設の第一歩になるのです。ですからメシヤ会館ができるとそれが世界に写って、そうして世界にメシヤ会館ができるわけです。それにはいままであった汚いものは取り払われてきれいにされなければならない。ということになると、日本はいま言う日の経綸になるからして、それだけ日の光が強くなると、だんだん世界的に汚いものが消えていくのです。つまり黒の部分がだんだん薄くなって白が拡がっていくということになります。そうすると、その拡がり方の順序が「世界夢物語」に書いてある順序になるわけです。だからメシヤ会館ができると、それから本当に目立って始まるのです。ですから私はまだ半年や一年の準備期間がいるということを書いてありますが、メシヤ会館がちょうど今年いっぱいでできる予定ですから、時もそういうことになるわけです。ですからして世界がどうなっていくかということは、こっちの建設のほうを見ていれば分かるわけです。そうするといままでの文化は破壊されるほうがずっと多いですから、そこでそれをキリストは「世の終わり」と言ったわけです。そういうように考えていくと、だいたいは見当がつきます。そうかといって、これはあんまりはっきりと具体的に言うことはどうもおもしろくありません。建設のほうはいい気持ちになりますが、破壊されて滅亡するほうは、実にどうも悲観しなければならないから、そうすると「救世教というどうも厄介なものが出た」と恨んだりしますから、そういうことがあってはいけないから、そこでできるだけぼかして、救世教の信者だけがだいたいをよく知っているということにしておかなければ具合が悪いのです。
教集18 昭和二十八年一月三日(3)
それについて霊的でなく体的のことのだいたいを話してみると、一番は熱海のメシヤ会館がいよいよ来月か再来月あたりから建築に取りかかるわけですが、いま基礎工事をやってます。会館の模型を造りましたが、ずいぶん荘厳な形になると思ってます。いつも言うとおり、これはフランスのル・コルビュジェという人が始めた建築様式で、今日では世界的に一つの建築様式として風靡したような形です。けれども直線的のごく単純なやり方で、アパート、官庁、会社といったような、つまり実用向きの様式になってます。それで宗教的にはいままでぜんぜん手を触れていません。いままでの宗教建築といえば、これはキリスト教でも仏教でも神道でもそうですが、何百何千年前の様式と同じ形をとっているのです。築地の本願寺も鉄筋でやり方はずいぶん近代的ですが、あの形はインドの古い形式をとったものです。これはお釈迦様を祀るのだからあたりまえでしょう。本尊様が古い時代ですから……。しかし救世教は本尊様が新しいのだから建築も新しいというので、これもあたりまえかもしれません。ですからごく新しい様式での、この宗教建築というものはまだ世界にありません。コルビュジェという人はこの春なにかの嘱託で日本に来ることになってます。そして二年いる予定だということが新聞に出てましたが、会館を大いに見せて批評してもらおうと思ってます。そういうようなわけで形は非常に新しいのです。それでそういった直線的の建築で荘厳味を出そうというのですから、ちょっと無理なようですが、できたらわりあいに荘厳味が出るつもりです。それで入口から内部とすべて新しくしました。内部は劇場的になってはいけないと思って大いに注意しましたが、そうとう成功すると思ってます。それから展望台はメシヤ会館と一緒にできるはずです。これはガラスの丸い家ですが、もう少したったら模型もこしらえて出します。これも世界にはないと思います。ガラスの展望台式の家はアメリカにもあって、私は写真で見たことがありますがぜんぜん違います。ですから私が今度やるのは世界に例がありません。そういうようにすべて新しい物を造るということは、いつも言うとおり熱海は現界の型になります。従って新しい世界の型になるのです。それで熱海にできるとそれが世界に写りますから、そこで世界も非常に変わってきます。
教集18 昭和二十八年一月五日(3)
ですからあらゆる災いも不幸も悪人も、ことごとく薬でつくられるのです。この薬がキリストの『旧約聖書』にある禁断の木<こ>の実です。ですから禁断の木の実は薬のことです。それを詳しく書きました。そうして神は悪をつくり不幸をつくり人間を弱らせて文化を進歩させたのです。これが根本的なものです。ところがキリストがそこまで説かなかった、ということは、やっぱり時期の関係です。いまの不幸のところだけを読ませます。
教集18 昭和二十八年一月七日(3)
いまここに書いているほかのことは、悪の発生ですが、これはキリスト教のほうなどでは、『旧約聖書』の創世記にある「エデンの園におけるアダムとイブが禁断の木<こ>の実を食べた。それで禁断の木の実を食べると悪が発生する」と書いてありますが、禁断の木の実というのは薬のことなのです。それでその時分は薬をのまなかったために世の中はエデンの園のような楽園だったのです。それで禁断の木の実によって悪を発生させて地獄の世にされたのです。それによって今日のような物質文化が発達したので、これは神様の経綸であって、それは必要だったのです。それで薬のない時代のエデンの園というと、ミロクの世と同じようなもので、まあミロクの世です。その時分は文化というものはぜんぜんなかった原始的なミロクの世だったのです。しかし今度は悪の発生によってこれだけの文化をつくって、そうしてもうこれだけになれば、あとは必要ない、むしろあとは邪魔になるから、悪をなくすということについては、薬をなくすということです。そこで薬をなくすれば病人がなくなり悪もなくなりますから、そこで今度は絢爛たる文化によるミロクの世ができるのです。つまりエデンの園ができるのです。そういうように考えるとよく分かります。それでこれは難しい理屈ではなく、薬で血を濁しますから、血が濁れば霊が曇りますから、霊が曇れば副守護神の力が増すからして、副守護神というやつは悪いことをするのが本来ですから、それで悪いことをさせるというわけです。難しいことはないので、簡単に分かります。おもしろいことは、私が前に浄霊していたときに狐などが出てきてこういうことを言うのです。「せっかくオレが医者にかけて、これだけに悪くしたのに、横から出てきてとうとう助けてしまった。ずいぶん薬をのまして、やっとこれまでに悪くして、もう一息で命を取るまでになったのを、横から出てきて助けた」と怒るのです。ですから彼らは薬で悪くして結局命を取るということをよく知っているのです。それは人間はとてもかないません。むしろ人間以上です。私はむしろ狐から薬毒を教えられたくらいです。自分自身でも分かりましたが、医学を狐が利用しているということが分かったわけです。そうしてみると狐がその人間を殺そうとする場合には、やはり彼ら恨みの霊というものが、なにか仇を討つという場合に、狐がその人の副守護神に命令されたり、またはそこの祖先が稲荷を信仰したとか、またその人が稲荷を信仰したいという意思を知って、その狐が相手に働きかけるのです。そうするとその場合に医者にかけるのです。できるだけいい医者にかかって、できるだけいい薬をのむのです。むしろかえって大きな病院やいい薬を、ということに狐は働くのです。そのほうが悪くするには効果的なのです。大病院というのは、やり方が大胆で思いきってやりますから、悪くするのも思いきって悪くします。それで町にいる藪医者というのは、オッカナビックリしながらやります。手術でも、あんまりひどい手術はしないというのですから、被害は少ないのです。ですから大病院でなおらなくて、町医者でなおったということを聞きますが、つまり藪ほど間違いないというわけです。それでまた薬をのませると霊が曇るからして、奴<やっこ>さんはよけい働きよくなるのです。つまり医学を利用しているのは、そういう動物霊というわけです。
教集18 昭和二十八年一月十五日(3)
ですから人間はごく酷い目に遭わされたときには黙っているのです。そうしてこっちが偉くなればいいのです。そうすれば相手は「こんなたいした人をあんな酷い目に遭わして、自分はなんたる愚かだったか、実に申し訳ない」という心の煩悶を起すのです。この仇討ちが一番いいのです。ですからふつうの仕返しというのは、ごく小さいことで、またそのために恨みを残すということになります。私がその話をしたところが、その人は非常に感心して「なるほどそうです。宗教家らしいお考えです」と言ってました。結局キリストを磔<はりつけ>にしたヘロデ王も、霊界に行ってどんなに後悔しているか分かりません。それからお釈迦さんに対する提婆<だいば>とか、日蓮上人に対する北条時政という人たちは、無論生きているときはそうでもなかったが、霊界に行ってどんなに苦しんだか分かりません。
教集18 昭和二十八年一月二十六日(2)
いま読んだとおりですが、ソ連のほうではヨーロッパなどわけはないのです。スターリンはちゃんと知っているのです。ただアメリカが怖いのです。そこでヨーロッパ方面を油断させるべく、そこでいまは東洋のほうに活動しているのです。ですから朝鮮問題にしろ、中共を援助したり、中央アジアに対して中共にいろんなことをやらしているのは、実はアジアをどうしようということではなくて、アメリカの力をできるだけ消耗させるという手段なのです。また最近樺太や北海道の上空をソ連の飛行機がだいぶ飛んでいるということも、まだ日本に対して手をつけるという腹はないので、やはりアメリカに日本を援助させるべく、そうしてアメリカの力を東洋に集めているのです。そうしておいてヨーロッパを大いにやっつけようというのです。そうしてヨーロッパでも、英国をやっつけるのがスターリンの肚なのです。まだほかにもありますが、差し当たってのスターリンの肚というのはそこにあるのです。だからヨーロッパのほうがうんと防備をしないと短期間にやられてしまうのです。それをここに書いたのです。その防備するのに肝腎な英、仏の国民がフラフラなのですが、それは西洋医学というもので体を弱らせようという邪神の目的なのです。なにしろ世界を制覇しようという目的をたてたのは、キリスト以前の二〇〇〇年前からです。これはマッソン秘密結社で、これが根本になっているのです。それが邪神です。だいたい赤龍は共産主義で活動しているのです。それでいっぽう黒龍は違うほうの活動をしているのです。そこで私を裁判でやっつけようとしたのは黒龍です。ですから私は黒龍と戦っているのです。赤龍はわりあいに強くはないのです。私のほうは金龍ですからかなわないのです。ですから私に対してはたいして活動してません。しかし黒龍の力はたいしたもので、なかなかのものです。ですから裁判のときは検察官に黒龍の眷属がみんなついていたのです。だから神と悪魔の戦いというものは、なかなかたいへんなものです。それはいずれ書きますが、そういうようで西洋医学というものの根本にはそういう計画があるのです。医学の根本は黒龍なのです。そこで人類を救うにはそれをぶち壊さなければならないのです。それで私がこれからやる一番の狙い所は、医学の革命です。そして黒龍の大目的をぶち壊すのです。だから仕事の大きさというものは、まず世界的というよりか、むしろ世界始まって以来ないものです。もっともいままでにもいろいろな革命はありましたが、たいていは一国とか、一民族というようなものです。共産主義も革命のように見えますが、あれは革命でなくて野望です。世界制覇の野望の一つの手段に使われているので、これはぜんぜん違います。そこでこの医学革命こそ、大きさからいっても本当に人類を救う目的からいっても、実に大きなたいしたものです。これは信者の人はよく知ってますから、そう詳しく言う必要はありませんが、それは薬が根本ですから神様は薬をなくするのです。それで薬でなくて、浄霊でなおるというので、その術を与えられたのです。それで薬は一時押さえだ、浄霊が本当になおるのだ。薬は固めるもので、こっちは溶かして出そうとするのです。それで人間の体は溶かして出そうとするのを、出さないようにするのですから、そうすると人間の体は弱りますから、一生涯病気のなおるわけはないので、それは敵ながら実にうまいやり方です。そこで注射をすると固まるから一時なおるように見えるので「これはいい」と、病人よりかお医者さんが乗っているのです。それで一時は良いがまた駄目になるから、新しい薬ができるというわけです。ところがこっちのほうは溶かして出すから本当になおるので、そこで「そんな本当のことをやる救世教というのはけしからん」と黒龍のほうは思いますから、いろんな邪魔をするのです。ところが、いいことには霊界がだんだん明るくなるので、これがこっちの味方をしてしまうのです。それで先方のほうは明るくなると固め方が追いつかなくなるのです。固められなくなるからして、そこで負けてしまうのです。それを書いてあります。