ある御面会の日に、正宗の名刀と村正の名刀の違いを、ご質問申し上げた人がありました。
「どちらも名刀でありますが、刀としては正宗の方が上とされていますが、主として守り刀として用いられ、“人を斬る方は、村正の方がよく切れる”と言われております。これはどういうわけでありましょうか」という質問でした。
これに対して明主様は、『すべて名品といわれるものには、作者の霊がはいるものです。村正の刀が人をよく切るのは、作者が“人を切る刀を打つ”という想念で作ったからで、正宗は平和を愛した人で、“身を守る刀を作りたい”という想念で作ったのです。だから、自らそこに相違が出て来るわけです。この、身を守る想念が刀にはいっているから、守り刀としてはすぐれているというわけです』という意味のことを申され、引続き、左甚五郎(であったと記憶しています)がかいたという、旅館のフスマの “竹に雀”の絵にまつわる伝説の話をされ、『その絵は、最初もう一羽雀がかいてあったが、ある時、その雀が絵からぬけ出て、飛び立っていなくなったそうです。これは作った話ではありましょうが、その画家の絵があまりうまくて、いかにも、いまにも飛び立ちそうな雀なので、こんな伝説が生まれたのであろうが、これなどは、絵の名人というのは、たとえば、飛び立つ雀を描こうという、その人の霊が絵にはいるから、その霊が見る人の心にひびいて、その心を打つのです。名人ともいわれる人の霊の力というものは、普通の人よりも、よほど強いのです』というご説明をされたことがありました。
私は興味ぶかく耳を傾けていましたところ、それに続いて、ちょっと何気ないように、軽くつけ加えられて、『私が書く「おひかり」もそんなわけです。書く時に、“光でもって世の中の苦しみを救いたい”という神様の御心が、私の体を通じて、つまり霊がはいるんですね』と申されました。
ただそれだけでしたが、その時ぐらい、私は深い感動を覚えたことはなかったと思います。