もう一つおもしろい、ちょっとしたなにがあるのですが、この間ハワイで英語教惨をしたときに、聞き手が四〇人ばかりあって、そのときに外人は一〇人ばかりだそうですが、その中で最近信者になった、アメリカの人で、ちょっとおもしろいことを言ったのを書いてありますから、読ませます。樋口さんの報告の中にある一節です。
(「ハワイ通信」(一八)朗読)
いまの「世界を救う聖者が八人目に出る」ということは、伝説にあるのです。仏教のほうでは釈迦が八人目だということになっているのですが、それは仏教に都合のよいように作ったものです。釈迦は「八」ということはないのです。釈迦は「七」で、七人目なのです。というのは五六七のミロクとして、釈迦が七のミロクになるのです。釈迦はどこまでも「七」の数字で支配される人です。だからつまり「地」は「七」ですからして、地のミロクです。私は伊都能売<いづのめ>ですから「八」になるのです。伊都能売というのは、数でいうと「五」「三」ですから「八」になるのです。
そして「八」という数字は富士山になるわけです。ですから「八」という数字を書くと、富士山の形になります。それで私は大和民族の宗家になるのですが、大和民族というのは、いまの駿河の付近が発祥地なのです(本当は富士山の上なのですが)。富士山の麓なのです。だから昔は富士山が本当の神様の山として、あそこの上にいまでも木の花咲爺姫が祀ってありますが、そういった意味で、私は富士山と非常に因縁があるのです。それで静岡の裁判であっちの留置所に入ったときに大きな神秘なことがあったということも、そういう因縁なのです。そうしてあのときも話したとおり、夢で、私が富士山に乗っかって景色を見るという詰もしましたが、そのときが私が生まれた、第二の誕生です。そこで、出てから「散花結実<さんかけつじっ>」ということを言いましたが、花が散って実を結ぶで、「散花結実」ということは種が宿ったということです。それから私の力とかいろんな、そういうことが違ってしまったわけです。それからが本当に開けたわけです。ですからあのときに救世教というものはすっかり壊れてしまったわけです。もうこれで駄目だというくらいに見えたのですが、それが花が散るという形です。それはその当時よく話しましたが、そういうようなわけで、いまの八人目ということも合っているのです。
それから一週間ばかり前に例のアメリカのグリリ夫妻が、駐留軍の『星条旗』(スターズ・アンド・ストライプス)の主筆の人を連れてきて、いろいろ話し合ったのです。私は五分か一〇分ぐらい会うつもりだったのですが、話をすると、話がばかにおもしろくなって一時間以上話をしました。私は近ごろときどきアメリカの人と話をしますが、話が実によく分かるのです。間に通訳が入っていながら、日本人と話をするよりもよく合うのです。ちょうど私の考えとアメリカの人の考えが一致しているのです。だから両方でうなずき合ってます。ところがどうも日本の新聞記者と話をしていると、先方で分かったのか分からないのかということがよくありますが、アメリカの人はイエス、ノーでやってくるからはっきりしてます。また先方でも、一、二回会うと非常に共鳴して、信者でなくても、私に対する一つのファンみたいになってしまうのです。そのときもいろんな話がありましたが、その話の中で印象に残っているのは、グリリ夫妻が言ったことで「美術館の品物を集めるには、まず五〇年はかかるだろう」ということから、「どのくらいかかったか」と言うからして、「戦後ボツボツ集め始めて、本当に集まったのはまる三年ぐらいなものだ」と言ったところが、驚いて「どうしても分からない。その理由を聞かしてくれ」と言うので、「理由というよりか、奇蹟で集まったのだ」と言ったのですが、それが分からないのです。しかし、霊界における作者やそういう人たちが骨折って、救世教に、御用をさせてもらったというように説くと、これは信者でないとちょっと分かりにくいですから、一番分かりやすく言おうと思って「つまり集まるのも、集まったということはつまり金の力だ。その金が集まったということは、医者から見放された病人や、死ぬばかりになっていたのが助かるというようなことで、その感謝の気持ちでみんなが金を献<あ>げた、それが集まって買うことができた」というように説明したのです。そこで阿部さんが「というのは、弟子や信者が病気を治すことができるという、これが非常に大きなものだ。一人対一人ではないので、治す人を作るということが、いままで例がなかった」という話をしたので、また非常に驚いて、「自分はいままで世界でのいろんな偉い人を見たり聞いたりしたことはずいぶんあったが、みんな、つまり一人対一人か、あるいはただ教えというようなわけで、釈迦、キリスト以上という人の話は聞いたことがない。ところがキリストぐらいの奇蹟をやる弟子を多く作るということは、おそらく見たことも聞いたこともない。そういう点において実に驚いた」というようなことを言ってました。そこでやっぱりアメリカの人らしいことを言います。「明主様をどうこうと批評はできない。もし相手を批評するとしたら、相手と同程度かそれ以上の人でなければ批評はできない。ところが明主様は人間よりずっと上としたら、ただそれをありのまま感じるだけのことで、批評ということはできない」ということを言ってましたが、これは非常に正直な言い方です。日本人はあんまりそういうふうには言わないのです。言わないどころではない、テンデ考え方が違ってしまっているのです。日本の新聞記者とすれば、まず「救世教という、岡田という奴はなかなかだ。戦後の混乱状態に便乗して、うまく大勢を瞞<だま>しやがって、金を儲けて、こんなものを造るナンテ、これは怪物だ、腕のある奴だ」というように思うでしょう。下から上を見上げるような言い方は決してしないです。新聞雑誌を見ても分かるとおり、ちゃかしたような、愚弄したような見方をします。それはちょうど新聞記者自身のほうが「救世教の岡田という奴より上だ、だからオレの筆の先でいい加減に書くだけの人間だ」というように見ているわけです。だからアメリカの人との違いさというものはたいへんなものだと思います。そのことを書いてみました。
(御論文「迷信非迷信」朗読)〔「著述篇」第一二巻二七六ー二七九頁〕
原爆と水爆についても話をするつもりだったのですが、この次に話をするとして、今日はこれだけにしておきます。これは一番知りたいことです。ところで神様のほうから見たアレについて、そうとう知っておく必要がありますから、それはこの次にします。
(御講話おわり)