昭和二十九年二月一日御講話(2)

 〔 質問者 〕二五年二月入信の者でございますが、昨年一一月中旬畑にて作業中「光明」の御守りを落とし、一時間後に気がつきましたそうです。御守り様には土がついておりまして、深くお詫びして現在掛けておりますが、気が咎<とが>めております。いかようにいたしましたらよろしいでございましょうか。ちなみに、本人は両眼失明中を御浄霊にてお救いいただき、現在新聞は読めませんが、歩行には支障ございません。

【 明主様 】そのときに聞けばよいのに……。いままで掛けていたのですか。

 〔 質問者 〕さようでございます。

【 明主様 】そういうことは早くでなくてはいけないです。すぐでなければいけません。そうして、そのままいったん掛けて、それから浄めるというのは実際変です。理屈が外れてます。だから新しくいただくよりないです。すぐならそれを浄めるということもあるが、いままで掛けていたということは……でたらめ<ヽヽヽヽ>だったから……。それを大事にしまっておいて、いずれは額にでもするがよいです。それで御守りとしては新しくお受けしなくてはいけないです。

 御守りが切れるということは、紐が切れるというのでなくて、つけた所が取れるのではないですか。紐は、そんなに古い紐ではないのだから、切れるようなことはないでしょう。

 〔 質問者 〕ナイロンの紐でございますが、固くなって折り切れたそうです。

【 明主様 】そうすると、つまりナイロンの紐は弱いのですか。ではナイロンはよしたらよいです。昔からの紐はそういうことはないです。紐は吟味しなくてはいけません。

▽次節に続く▽

「『御垂示録』二十八号、19540215、19540201、岡田茂吉全集講話篇第十二巻p13~14」 昭和20年02月01日